聞き屋のたぬ吉

矛盾の総和が人生だ

【小説】タピオカ禁止法(最終回)

  タピオカワールドが爆破される、死傷者50人以上か

 

 東京タピオカワールドはたしか先週末、渋谷区に期間限定でオープンした謎のテーマパークだった。チケットは予約開始と同時に即完売で、オープン初日にはつい最近タピオカ大使に任命されたという人気タレントのディーン・タピオカ氏が来場し、大盛況だったと話題になっていた。

 

 まさか、そんな場所がテロの標的にされてしまうとは、一体全体どういうことなんだ。

 

「そうだ、こういうときこそ」

 

 例のSNSで〝タピオカワールド〟と検索すると、現場近くにいた人が撮影した動画がちょうど一分前に上がっていた。「何だこれぇ……」撮影者の動揺した声とともに映し出されたのは、黄色いバリケードテープ越しに見える、オレンジ色の炎に包まれた二階建ての建物だった。

 

 警視庁 立入禁止 KEEP OUT ガラスの割れる音 もうもうと立ち上る黒煙 悲鳴 子どもがまだ中に 警視庁 立入禁止 KEEP OUT 小走りの警察官 危ないですから下がってくださぁい パトカー 救急車 けたたましく鳴り響くサイレン 警視庁 立入禁止 KEEP OUT 煤 這々の体で屋外へと逃げ出す人々 消防車 やじうまのどよめき テレビで絶対に映せない状態の人 警視庁 立入禁止 KEEP OUT お願い早く テレビカメラ 報道陣 スマホを向ける人 スマホを向ける人にスマホを向ける人 ヘリコプター 一〇二五件の再生 警視庁 立入禁止 KEEP OUT

 

 胸くそが悪かった。何でよりによってこんなときに、こんな事態を〝知らされ〟て、こんな映像を〝見せられ〟なきゃならないんだ!?

 

 俺はスマホを地面に叩きつける。ふりをする。スマホを掴んだ右手を振り上げて遠くへ放る。ふりをする。むかし見たドラマのワンシーンみたいに、いっそケータイを真っ二つに折って壊して、ひと思いに遠くへぶん投げたりできたらどんなにか良かっただろう。

 

 でも、いま俺が手にしているのはスマホであってケータイじゃなかった。握りしめているのはGoogleで、LINEで、YouTubeで、そうした複雑怪奇でバカバカしいシステム世界の総和であって、それはもう単なる携帯可能な電話機としての存在なんかじゃなかった。

 

 損得勘定が現実と妄想を査定する。壊す? 捨てる? とんでもない、却下だ。

 

 スマホを手放すことで生じると予測される、あらゆる面倒ごとや損失の数々──それらはこのもっとも純粋であるはずの破壊衝動すら、とっくに凌駕してしまっていたのだった。

 

 陽は沈み、背後に薄ぼけた宵闇が迫っていた。俺はスマホをポケットにしまい、意を決して角を曲がる。見覚えのあるアパートがあった。彼女の住む二階の左の角部屋に電気はついていない。集合ポストを覗いてみると、二〇一号室のポストは抜き取らずに放置された大量の郵便物でふくれ上がっていた。

 

 手を伸ばしかけて、引っ込める。しばし思案する。そしてもう一度手を伸ばし、金属部分に触れる直前で再び理性が来て、やはり、引っ込める。

 

 見て、どうする? 

 知って、どうする? 

 その先の責任は、取れると思うか? 

 俺にその先の責任が、本当に、取れると思うか……?

 

 ねぇ、答えてよ、茜──。 

 

   *

 

 タピ国党の田比花孝志代表は、その秋におこなわれた衆議院議員選挙において大勢のボランティアスタッフと共に各所を走り回り、徹底したドブ板選挙を展開した結果、比例代表で見事当選し、国政への進出を果たした。

 

 それと同時に、選挙直前に起こったタピオカワールド爆破事件(通称・タピオカ事件)は言わずもがな日本中を震撼させ、国民のタピオカに対する意識を変えるきっかけとなった。そしてかつてのバブルが弾けるように、タピオカブームは終焉へと向かっていった。

 

 タピオカ事件は当初、国際的なテロとの見方で捜査が進められていた。警視庁は「国家の威信をかけて全力で捜査する所存」と息巻いたが、半年近く経った今もその犯人を特定できず、未解決のままとなっていた。それでも合計80人以上の死傷者を出したことから世論は国会にも大きく影響を及ぼし、タピ国党が公約として掲げていた例の法案が国会に提出されると、衆参共にほぼ満場一致で速やかに可決・成立した。

 

 こうして「タピオカ禁止法」はこの春から施行されることになった。

 

 一時期あれほど出店競争を繰り広げていたタピオカ屋は、今や見る影もなくなってしまっていた。一部でヤミタピオカなるものが出回っているとの噂もあるが、詳細は不明だ。

 

〝専門家〟の人たちは次に来るブームについて「タピオカの流通が法律で禁止されてしまった手前、この手の一大ブームは当面のあいだやって来ないんじゃないか」と口を揃えたように意見していた。

 

 いずれにしても街に平和が戻るのはいいことだ──と、思っていた矢先。いつものように休日に駅前を歩いていると、かつてコンチャがあった駅ビルの一角に、新たな業態の店がオープンしているのに気がついた。俺は目が悪いので、中で何を売っているのか外の通りからだと確認することができない。しかしやたらと繁盛している様子だった。

 

 まぁ、どうせ俺には関係ないことだ。そう思って通り過ぎようとしたとき、

 

「広がって立ち止まってんじゃあねぇよ! お前らみんな、邪魔なんだよう!」

 

 と、やや舌っ足らずな優しい怒鳴り声が聞こえてきた。振り向くと、自分と同年代か少し下くらいの男が店の前の客に向かって感情を露わにしていた。

 

 ちょうど見たい服があったので、その繁盛している店のあるビルに一階から入ることにした。人だかりの先に目を凝らしてみると、そこで売られているものには見覚えがあった。まさか、次はあれが流行るっていうんじゃ……。

 

 見なかったことにしよう。

 

 売り場につくと、目当ての服は最後の一点になっていた。電話して取り置いてもらえばよかった。もう、どうせ名前を間違えられる機会もないだろうから。

 

 鏡に向かって服を合わせていたら、久々に茜のことを思い出してしまった。この店には彼女と何度か一緒に来たことがあった。なぜか気まぐれを起こして、お揃いのパーカーを買ったこともあったんだっけ。

 

「オマタシマシタ、ドゾー」

 

 あの日以降もLINEの既読はつかないままになっている。俺は結局、彼女を恋愛対象として好きだったんだろうか。それとも

 

「サイズ、エムデヨロシイネ?」

 

 好きとかじゃなく、音信不通になったことで、何か大きな魚を逃したような気持ちになってしまっているだけなのだろうか。こんな事態になるのなら、さっさと付き合っておけばよかった、というくらいの。

 

「オカイケサンゼンロッピャクハチジュウマンエンネ」

 

三,六八〇万円……まさか、何か金銭関係のもめ事に巻き込まれてしまっているとか。それで拉致されて、今ごろ山奥なんかに遺体を埋められて。 

 

「ハイ、ヨンヒャクマンエンノオカエシ」

 

 駄目だ、悪いほうにしか想像できない。もう考えるのはよそう。彼女はきっと、今もどこかで生きている。というか、さっきから店員がおかしい。

 

 名札にはカタカナでグェンと書かれていた。あぁ、そういえばこの店は以前。

 

「アリガトゴザマシター」

 

 ふと右を向くと、隣のレジに見覚えのある人物が立っていた。さっき一階の店で見かけた、あの男だった。

 

「すみません、先ほどお電話をした、鉈手ともうします」

 

(了)

 

 

〈参考資料〉

「やさしさをまとった殲滅の時代」堀井憲一郎講談社現代新書

「資本主義の終焉と歴史の危機」水野和夫(集英社新書