聞き屋のたぬ吉

矛盾の総和が人生だ

【小説】タピオカ禁止法(10)

 またか、という気持ちになったのと同時に、ひょっとするとあの事件の犯人はSなのではないかという考えが頭をよぎった。しかし証拠はどこにもなかった。


 それに、こんなに簡単に手に入る(信用できるかどうかも怪しい)情報の断片だけで容疑者が割り出せるのなら、もうとっくに警察がマークしているはずだった。素人考えで事件が解決出来るなら、警察なんて必要ない。むしろ「T・A」の容疑者Aと友人Sがどこの大学に通っていて、本名は何というのか──そちらが特定されるほうが、たぶん早いのだろうと思った。

 


[全日本反タピオカ連合会]といくらネットで検索をかけても、それらしき情報は出てこなかった。そのかわり、ページのトップに表示されていたのは「タピオカから国民を守る党」という、最近結党したばかりらしい政党の名前だった。

 

 Aがメンバーだったというそれとはたぶん無関係だろうなと、一旦画面を閉じかけたが、その胡乱な政党名がどうしても気になって、結局はそのまま調べてしまった。


 実際、全日本反タピオカ連合会との関連性は明らかにならなかったが、タピオカから国民を守る党(通称・タピ国党)はとくだんふざけた組織という訳でなく、「タピオカ禁止法」の制定を目指してワンイシューで活動中の、あくまでもちゃんとしたマジメな政党らしかった。


 タピ国党はインターネットや街頭演説などを通じて、じわじわとその支持を広げているという。YouTubeにも数年前から定期的に動画を上げているようで、再生すると田比花(たぴばな)孝志代表の、普通にしているはずなのにちょっと笑って見えるような独特な表情がスマホに大写しになった。

 

 ホワイトボードの前に立ち、拳をぐっと握りしめ、癖のある節回しでもってタピオカへの持論を熱く語っている。そのシルエットはどこかで一度見たような、もしくは誰かに似ているような気がしたのだが、それがいつの、誰のどういう記憶だったかは思い出せなかった。


 一方で、Aが所属していたという例の組織はSNSなどにもいっさい情報が出回ってなくて、自力ではこれ以上調べようがなかった。単なる周囲の噂話か、もしくは悪意ある誰かの適当な作り話だったのかもしれない。


 だから、というと言い訳のようだけれど、俺の興味は順調にこのタピ国党へと移りつつあった。単純だとは思うけれど、田比花代表の、あの視聴者をアジテートするような動画を見ていたら、俺の中のタピオカに対する憤りが再燃したようだった。

 

 タピ国党は間もなくおこなわれる衆議院議員選挙に向けて、いよいよ本格的に始動するところだという。

 

   *

 

「干渉はしないようにしよう」と彼女は言った。

 

「そうだね」と俺は返した。


 出会ったばかりのころに交わしたその会話は、深読みさえしなければ、さっぱりした付き合いを望む人間特有の単なる予防線に過ぎなかった。でも、彼女の言うそれは少しニュアンスが違うような気がした。その言葉が、純粋に無関心でいてほしいのではないということくらい、俺には容易に想像できた。

 

 本心では干渉の少し手前くらいの、ギリギリ煩わしくない程度の興味だとか関心──そういうものをうまいこと自分に向けてほしかったのだ。それは俺の中で確信を持って言えるほど、極めて真実に近い推察だった。


 彼女はさびしさと向き合わないように、常に工夫を凝らしているみたいだった。「さびしい」と言ってしまったら、押し殺していた感情が堰を切ったように溢れ出すから、そうならないよう細心の注意を払いながら生きていたのかもしれない。

 

 本当の感情に気づかないふりをすることを、むしろ生きがいにしているんじゃないかというほど、彼女はよく出来たポジティブを身に纏っていた。さびしさを基準に生きる人間は、同じ性質を持つ人間に異常なほど敏感だった。


 彼女が求めていたのは孤独だと思う。精神的な安らぎだとか、そういう〝不安定〟な類いのものでは絶対になかった。圧倒的な孤独を感じたかったのだろう。だから何度も何度もセックスをした。人と人はどう足掻いたってひとつになんかなれないってことを、ふたりで嫌というほど繰り返し確認し合っていた。

 

 人間のさびしさのピークというやつは、カラダを重ね合わせたその刹那にこそやってくるのだ。

 

 俺たちは「恋人」という終わりの始まりをあえて選ばなかった。だからふたりはまるで最初から、付き合っているころは喧嘩ばかりだったのに、別れてからのほうがかえって関係がうまくいっている元恋人のように軽やかだった。

 

 始めてしまうことで終わりが来るのなら、いっそ何も始まらなくてよかった。


──恋人以上、友達未満。

 

 いつか茜がふたりの関係につけた名前だった。それって、ふつう逆じゃないの、と野暮なことを聞く俺に、彼女はとくに説明をするでもなく、これで合ってる、と言った。それなりに考えられた言葉なのだろう、言い得て妙だと思った。


 正直、今もこの言葉の意味はよく分かっていない。でも、俺は俺の人生において、必ずしもすべての物事を理解する必要はないのだと、やがて知ることになるのだった。

 

   *

 

 気がかりなことがあった。それはあの日以来、茜とまったく連絡がつかないということだった。


 LINEでのやり取りは八月十二日のメッセージを最後に既読がついていない。それに例の動画がバズってからは、SNSの更新も止まっているみたいだった。彼女の自宅の場所は一応知っていたから、その気になればいつでも訪ねて行けるのに、必要以上に詮索したくなくて今日の今日まで保留にしていた。


 あれからすでに二ヶ月以上が経過している。正直これまでもこういうことは何度かあった。でもさすがにSNSの更新まで止まることはなかった(さかのぼっても投稿が途切れている様子はなかった)し、既読スルーはあったとしても、メッセージ自体を読まないということは一度もなかった。だから今回ばかりは、いよいよ何かあったのではないかと本気で心配していたのだった。


 次の角を曲がれば、彼女の住むアパートが見えてくる。それなのに、そこへ近づけば近づくほど、俺の足取りはじょじょに重たくなっていく。いまさらなにを怖じ気づいているのだろう、もうほとんど目の前に来ているというのに。


 このまま引き返してしまおうか、そう思った瞬間、ポケットのスマホが振動した。ニュースアプリからの速報通知だった。

 

 つづく