聞き屋のたぬ吉

矛盾の総和が人生だ

【小説】タピオカ禁止法(9)

 三時になりました、ニュースをお伝えします。今日昼過ぎ、歩行者天国で賑わう東京・秋葉原の駅近くの路上で、男が通行人をトラックで撥ねたあと、次々にサバイバルナイフで切りつけました。東京消防庁によりますと十六人がケガをし、このうち五人が心肺停止の状態でしたが、男性二人が死亡しました。切りつけたのは二十五歳の男で、現場近くで取り押さえられ、殺人未遂の疑いで逮捕されました。事件発生からおよそ四〇分が経った、午後一時一〇分頃のヘリコプターからの映像です。JR秋葉原駅から北におよそ一五〇メートル離れた中央通りの交差点で、救急隊がケガをした人の応急処置をしている様子をとらえています。交差点の中央付近では人が倒れていて、救急隊員は周りを緑色のシートで囲んで心臓マッサージをしています。交差点の脇でも緑色のシートで囲んで、救急隊員がケガ人を手当てしている様子が見られます。また交差点の中には刺されて出血した痕や、鞄や書類が散乱している様子が見えます。今日午後〇時半頃、東京千代田区外神田のJR秋葉原駅近くの路上で、男が通行人をトラックで撥ねたあと、車から降りて大声を上げながら、次々にサバイバルナイフで切りつけました。現場は家電製品の量販店が建ち並んだ秋葉原の電気街で、当時は日曜日の歩行者天国で大勢の買い物客で賑わっており、東京消防庁によりますと、これまでに警察官を含め十六人がケガをし、このうち五人が心肺停止の状態でしたが、先ほど十九歳の男性と七十四の男性二人が死亡しました。警察によりますと死亡した二人の男性は、名前の漢字はまだ分かっていませんが、フジノカズノリさんと、ナカムラカツヒコさんだということです。刃物で切りつけた男は現場近くで取り押さえられ、殺人未遂の疑いで逮捕されました。逮捕されたのは静岡県内に住む加藤智大容疑者(25)で、警視庁の調べに対し「生活に疲れてやった」などと供述しているということです。また当初は暴力団員を名乗ったという情報がありましたが、その後、暴力団員ではないと供述しているということです。警視庁は通り魔事件と見て身柄を万世橋警察署に移して、犯行の状況や動機を調べています。

 

   *

 

「T・A」の犯人が逮捕されたという報道があったのは、例の動画が出回ってから一月ほど経ったころだった。


 加害者が男であるという情報は入ってきたが、名前は公開されなかった。それは彼が未成年(19才・仮にAとする)であるからだった。警察の調べによると、被害者はいずれもタピオカミルクティーを手にした若い女性だったことが判明した。Aは犯行の動機について当初は沈黙していたが、最終的には「イライラした、見ていて気に食わなかった」と話したという。


 被害、といっても先の殺人事件に比べれば可愛いもので、転んでちょっと膝を擦りむいたとか、ミルクティーが通行人にかかってしまったという程度でどうにか済んでいた。だからこそAが、なぜそんなくだらないことをしなければならなかったのか、その動機に注目が集まっていた。


 しかし本人が「気に食わなかった」以外の詳細を語らないので、世間はおよそ彼の心中を外側から推測するしかなかった。


 自分もAの犯行動機が気になって、新聞や雑誌、ネットニュースなど、この件に関する記事を片っ端から読みあさった。その中には首を傾げたくなるものがいくつもあり、ある媒体に掲載されていたコラムもその一つだった。


 いわく、〇〇年代半ば以降の日本では、それまで存在していた若い男性同士の「世間」というものがきれいさっぱり消えてしまった、その一方で、若い女性同士にはそうした「世間」というコミュニティーがいまだに根強く機能していて、タピオカブームはその最たるものだった、もしかすると加害者は、そうした現状が気に食わなかったのではないか、との分析だった。


 たとえば九〇年代までは、車や煙草、ファッションの流行など、若い男性の社会にも「これをおさえておけばまず間違いないだろう」的な分かりやすい共通項がたくさん存在した。早い話、みんな一斉に同じようなことをしていたのだ。それが今世紀に入るとインターネットが鳴り物入りで登場し、右へ倣えだった消費行動も個々に解体・細分化され、すべてにおいて効率を重視した結果、街中で起こる若い男性のムーブメントが目立って消失したという。ここまで、特に異論はない。


 問題は、そうした状況がもはや当たり前となった時代しか知らないAが、なぜああまでする必要があったのか、という点だった。


 つまり大きく捉えて〝若者世代の男性VS女性〟という対立構造を示唆しているのだろうが、Aがそれをわざわざ代表する理由が何なのか、肝心な部分が書かれていなかった。だいたいコラムの担当者が年配ということもあり、「飲食をしながら街を歩くという行動自体がみっともない」とも語っていて、それはただの後付けだと思った。

 

 他にも面白そうな分析はいくつかあるにはあったが、どれも決定打に欠けるような、分かるようで分からないようなもどかしいものばかりだった。

 


 それからしばらくして、またしても「実話ジャッカルズ」が独占スクープを報じていた。何でもAの知人を名乗る人物・K氏への単独インタビューに成功したのだという。


「Aが好きだった〝男〟がタピオカにハマってたんですよ。ハマるって言うのも、普通に飲み物として好きってことじゃなくて。女とセックスするときに毎回〝使ってた〟っぽいんです、あの例の女子大生の事件じゃないですけど」


 K氏の話を要約すると、Aはいわゆるバイセクシャルで、犯行当時、同じ大学に通うSというノンケの男友達にホの字だった。しかしSは見た目こそ地味だが、大学内でもけっこうな遊び人で知られていて、女の子のセフレもまったく片手で収まらず、その中の何人かとタピオカを使っていろいろ遊んでいた。Sはそういったアブノーマルな性癖を(未成年にも関わらず)酒の席でみずから明け透けに吹聴していて、そのおかげで周囲からはずいぶんと顰蹙を買っていたという。


「Aが若い女性とタピオカを恨んでいた理由は、たぶんそういう事情が関係してるんだと思います。それにAは〝全日本反タピオカ連合会〟のメンバーでもありましたから」

 

  つづく