聞き屋のたぬ吉

矛盾の総和が人生だ

【小説】タピオカ禁止法(7)

 結局あの日、俺はタピオカを飲まずに店をあとにした。なにかの本質を垣間見たような気がして、タピオカへの興味が一気に薄れてしまったのだ。

 

 あれから二週間、今はもうタピオカを飲んでみたいという気持ちはまったくない。だが、やはりほんのわずか関心は残っているようで、テレビ、雑誌、SNS、ネットニュース、駅前の商店街──ありとあらゆる場所で、気付けばタピオカという四文字を探してしまっている自分がいた。

 

 どうでもいいと思えば思うほど、意識は逆らうように、強力に引っぱられた。なぜこんな矛盾が起こってしまうのか、理由は自分にもよく分からなかった。

 


 そんな俺の気持ちを嘲笑うように、テレビでは連日タピオカに関するニュースが繰り返し報道されていた。子どもがタピオカを喉に詰まらせて死亡するという事故が福岡市で発生したのを皮切りに、タピオカに関連する事件・事故が、なぜか全国各地で同時多発的に起こっていたのだった。その中でも先週報道された「女子大生タピオカ殺人事件」は非常にセンセーショナルで気味が悪く、不可解な点が多かった。

 

 

 性器にタピオカ、遺体の一部切り取られる
 
 東京都三鷹市のアパートの一室で、この部屋の住人と見られる女子大生・柚木朋子さん(21)の遺体が発見された。発見当時、柚木さんの着衣はかなり乱れており、両胸の一部が切り取られ、性器には大量のタピオカが詰められていた。司法解剖の結果、死因は首を絞められたことによる窒息死と判明。警察は強姦殺人事件と見て捜査している。
──西東京新聞 2019年8月10日朝刊

 

 

 既視感があり、自身の記憶をたどってみると、タピオカ屋に並んだあの日、階段で何気なく開いてしまった、あの訳の分からないAVのサンプルムービーの内容だと思い当たった。ネットでは早速このAVを模してレイプがおこなわれたのではないかという噂が広がり、主演のセクシー女優・黒岩たぴのブログやSNSが炎上するなど、矛先はあらゆる方向に飛び火した。

 

 また、被害者のアパートは事件の報道があったその日にネット民によって特定され、大島てるで調べてみるとその現場からは勢いよく火柱があがっているのだった。

 

 後日発売された「実話ジャッカルズ」によれば、報道にあった両胸の一部とは乳首の先端のことで、さらに報道規制された内容として、女性の性器からはクリトリス周辺がごっそり切り取られており、実はそれら三片を一セットとして、合計五人分もの肉片が彼女のものと混ぜこぜにされ、腐敗したミルクティーの中に浸かっていたのだという。

 

 つまり生死は不明だが、少なくとも被害者は他にも四人いて、その上被害者及び犯人の特定に至るまでの証拠や手がかりが現場に何一つ残されておらず、消息筋の話によれば今回の事件は迷宮入りする可能性が非常に高い、とのことらしい。


 一体誰が、何の目的でわざわざ遺体の一部を切り取ったのか。世間は(というかテレビのワイドショーや俺の周辺の人たちは)もっぱらこの殺人事件の話題で持ちきりだった。昭和初期の阿部定事件じゃないけれど、単なる猟奇殺人では片付かないような不気味さがあり、俺はますますタピオカから目が離せなくなってしまっていた。

 


 そんな折、茜から届いたラインの内容はあまりに唐突だった。


《ねぇ浩史、これ見て。きのうSNSに上げた動画なんだけど……なんかめちゃくちゃバズってるみたいなの》


 茜が撮影しているらしきその動画は、最初夕方の繁華街が映し出されて、歩きながらしばらくして某タピオカ屋の前の行列を通りすぎる。このとき、左斜め前を歩く茜の友人の後ろ姿が映り込んでいるのだが、突如キャーッという叫び声とともになぜかその友人が頭からミルクティーをかぶり、タピオカまみれになったところで影像は途切れていた。

 

 これがバズっているとはどういうことなのか、俺には状況がさっぱり飲み込めなかった。茜に詳細を求めて返信したのだが、しかし夜になっても一向に既読がつく気配がない。好奇心がうずいて仕方ないので、可能な限り自分で調べてみることにした。


 俺は普段、バズるとかバズらないといった用語が飛び交う例のSNSはやっていないのだが、それがちょうど流行りだして間もない頃、閲覧用にと作ったアカウントがあるのを思い出す。まだいけるだろうかと半信半疑でスマホにアプリを落とし、うろ覚えのアカウント名とパスワードを入力してみると、意外にも一発でログインできてしまった。

 

 キーワード検索という箇所をタップすると、検索バーの下におすすめトレンドなるものが表示されていたので、興味本意でスクロールしてみる。すると、しばらくしてその中に「T・A」という見慣れない文字があらわれた(浜崎あゆみのそれでないことはかろうじて分かった)。何かの略称なのだろう、気になって試しにタップする。

 

「………タピオカ、アタック?」

 

 一番上に表示された動画を開いてみると、タピオカミルクティーを手にしたJKが少し離れて映っていた。被写体は彼女ではなく、街のほうなのだということが撮り方でなんとなく分かる。すると突然何者かが猛然とJKの背中にタックルした。当然JKは吹っ飛ぶ。はずみで手にしていたミルクティーがぽーんと投げだされ、近くにあった携帯ショップの壁にぶちまけられる。撮影者が走りだし影像がブレて、「なんだなんだ!?」という声とともに動画は終わっていた。

 

 つづく