聞き屋のたぬ吉

矛盾の総和が人生だ

【小説】タピオカ禁止法(5)

 列はさらに前進した。中二階の踊り場から後方を見上げると、さっきよりも人が増えているのが分かる。二階に達した列はそのまま三階へと折れ曲がり、もうどこが最後尾なのか、ここから確認することはできない。

 

 前に立つ五十絡みの夫婦も同じように首を動かし、しげしげと後方を眺めている。若い子たちは並ぶ時間も含めて楽しいんでしょう、ねぇ? あぁ、そうかもしれないな、バブル世代がバブルティーを買いに来て言う台詞がこれらしい。他に言えることがないのかもしれない。


 メニューを持った店員はやってこない。俺はしびれを切らし、手持ち無沙汰にコンチャの価格やオーダー方法〈コンチャ 買い方〉最近のタピオカ関連のトピックなどをスマホで調べ始める。

 

 パール増し増しとは別トッピングのタピオカを二・五倍入れるという意味らしい〈コンチャ パール〉さっきすれ違ったJKたちが飲んでいたミルクティーには、それこそ親の敵のような量のタピオカが沈んでいたけど〈コンチャ 糖質 ヤバい〉一体どのくらい追加したのだろう。

 

 仮に通常の三倍にした場合〈コンチャ 原価〉表によればミルクティーLサイズにパールがトリプルで七百三十円の計算になる〈コンチャ 高い〉俺が高校の頃にもらっていた小遣いは月に五千円だったから〈コンチャ コスパ 微妙〉その当時にもしタピオカなんてものが流行っていたとしたら〈コンチャ 家で作れそう〉きっと月一だって満足に買えなかっただろう。

 

 そのうち縁日の焼きそばみたいに〈タピオカ ヤクザ〉いっそどこも横一列に価格を申し合わせて〈タピオカ シノギ〉一杯千円くらいで売り出せばいいと思う〈タピオカ 乾燥タピオカ 1kg七百円〉たとえそうなったとしても〈タピオカ 移動販売 不衛生〉千円になったら煙草やめるって増税のたびに言うやつが実際〈タピオカ 賞味期限切れ 固くなってもガムシロで食感が復活〉二千円になっても懲りずに吸いそうなのと同じように〈タピオカ 反社会勢力 見分け方〉この行列の何割かはしぶとく並び続けるんじゃないだろうか。

 

 高く売るには〈タピオカ ぼったくり〉とにかく高級感を演出することが大切らしい〈タピオカ 自家製こだわり生クリーム〉今どきマックのコーヒーですらプレミアムローストなんてご大層な名前で売っているのだから〈タピオカ スーパープレミアムセレブリティロイヤル黒糖ミルクティー ついに日本上陸!〉まったく、ものは言いようだと思う。

 

 グーグルのサジェストは〈タピオカ 女子 うざい〉タピオカと入力するだけで関連ワードをエンドレスに表示し続ける〈タピオカ 嫌い になりたい〉それらを適当に開いてみると〈タピオカ 食感 こんなん初めて……〉原材料のキャッサバ(南米産のサツマイモみたいなもの)がどうのという話から日本のタピオカビジネスの闇が詳細に書かれた記事〈タピオカ 軽減税率〉当たるどうか知らないがタピオカ占いなんてものまであった。

 

 タップする指がすべったのか、ついには女性器にタピオカを詰め込んでまぐわうといった下品なAVのサンプルムービーにまでたどり着いてしまい〈タピオカ モチモチ!■■■■パラダイス~僕と彼女のタピオカ事情~〉俺はあわてて画面を閉じる。後ろのJKが気になったが、幸いにも見られてはいないようだった。

 

 

 列がまた一歩ずつ前進した。階下に店員の姿が見えたので、そろそろ注文できるのかと思いきや、こちらに向かって意味不明なことを言い出した。

 

「間もなくのご案内となりますので、お手元に〝レシート〟をご用意してお待ちくださーい」

 

 ……レシートとは?????


 並びはじめて、すでに二十分が経過している。嫌な予感がした、次の瞬間、


「ちょっとォ! レシートって、どういうことよ!?」


 と、突如階段じゅうに怒号が響き渡った。前方に並んでいた、あのゴスロリだった。

 

「えっと、申し訳ありません、こちらはもうすでに、商品をご購入いただいているお客様の待機列となっておりまして……購入がまだのお客様は、あちらの列にお並びいただいております」


 今までまったく視界に入っていなかったが、そういえばよく見ると、一階の壁ぎわに沿うようにして列がもう一つできているのに気がついた。レジ側からだとちょうど死角になっていて、階段側の列しか目に入らないのだ。

 

 そもそも購入と受け取りの列が分かれていることすら知らなかった。ちゃんと教えてくれないと、初めて来る客には不親切だと思う。


 しどろもどろの店員にゴスロリは畳みかける。


「そんなの聞いてないわよ! 買おうとしたらレジの店員にこっち並べって言われたんだから! たらい回しにしてんじゃないわよ! 店長出しなさいよ!」


 まるで自分の分身がしゃべっているのではないかというほど、彼女は俺の言いたいことを要約し、まくし立てた。まったくその通りだ、と思う反面、青筋を立てながらわめき散らすその姿は、どこか滑稽でもの悲しい。

 

 彼女をぐるりと取り囲む、やじうまめいた好奇の視線。自分に向けられたものではないと知っているのに、どうにも居たたまれない気持ちになる。それはきっとゴスロリがいなかったら、俺自身がそうしていたかもしれないからだ。

 

 ゴスロリは冷静さを失ったときの、手がつけられないもう一人の俺だった。


 加勢するべきか、無視するべきか。どちらにせよ自分も列を並び直さなければならなくなったが、このタイミングで黙って指示にしたがうのも何だかくやしい──そうだ、俺も正直、この分かりづらい行列に対して、ものすごく腹が立っているのだ。

 

 つづく