聞き屋のたぬ吉

矛盾の総和が人生だ

【小説】タピオカ禁止法(4)

 あらためて前方の列に視線をやると、客もいろいろといるのが見てとれる。

 

 五十絡みの中年夫婦、私服のJK二人組、身長差がすごい二十代のカップル、鞄にアニメのキャラクターを大量にぶら下げたオタクっぽいオバサン、専門学校生風の男子三人組、子ども連れのママ友らしき二人組、制服のおしゃべりなDK三人組、年齢不詳のゴスロリ女──この中で今日初めてタピオカ屋に来たという人間は、一体どのくらいいるのだろう。

 

 いや、それ以上に気になることがあった。


──若い子たち見てるとさ、一人じゃ絶対に並んでないでしょ──

 

 ここから見える範囲で、一人でいるのは俺とオタクとゴスロリだけだった。

 

 若くない、という点以外において、なにか共通点はあるだろうか。考えようとするが、俺の中のチンケなプライドが「変人」とひと括りにされることを拒否している。共通点なんてあるわけない、考えるまでもなく違うのだ、と、「まともな俺」が頑として譲らないでいる。


 DK三人組はオタクのオバサンを指さして、その見てくれや「体臭」について、まるでひきつけを起こしたように嗤い合っている。オタクのほうはなぜかオレンジ色の耳栓をしていて、ついさっきアニメイトで買ってきましたという同人誌を広げては薄笑いを浮かべ、現実を完全にシャットアウトしている。

 

 たぶん彼らの嗤い声に、彼女はまったく気がついていない。


 オタクはオタクで明らかに清潔感が足りないし、DKはDKでふつうに優しさが足りないと思う。このような場合どちらに分があるのか、俺には分からない。分からないが、俺とオタクは同じ人種ではない、ということだけは分かる。


 不本意だが、この状況では「一人の客は何かしら問題がある」と誤解されかねない。というかもうすでに誤解されている気がする。いや、間違いない。現にさっきからDKたちは時折こちらを見ては何か小声でささやき合っている。

 

 これは何かの罰ゲームだろうか。

 

 俺はどちらかというと「嗤う側」の人間であるはずだなのだから、あのような好奇の視線を送ってよこされる筋合いなどない。俺とあいつらを一緒にするな、と、大声で叫び出したい気持ちをぐっとこらえる、尊大な羞恥心。

 

 しかし(見てくれ云々の問題はさて置き)俺とあいつらの「一人であること」の違いについて──DKたちになるほど了解と言わせるだけの明確な根拠を──ラーメン屋とタピオカ屋の違いを説明できなかったように、たぶん俺は、それをちゃんと説明することができない。

 


 列が少し前進した。それと同時に、俺のすぐ後ろにJKらしき私服の女の子が一人で並びだした。とくに目立つ格好というわけでもなく、見た目にも十分まともな雰囲気だった。

 

 一人は一人でも、こういう子はたぶん何も言われないだろう。そう思って前方を見やると、DKたちはとっくに別の話題に移っていて、彼女のことなどやはり眼中にない様子だった。

 

 してみると、そもそも俺のこともはじめから話題になんかしていなかったんじゃないかという気がしてきた。オタクについては確実に馬鹿にしていたけれど、俺に関しては悪口と確信できる何かをはっきりと聞き取ったわけじゃない。

 

 DKとは箸が転がったって可笑しい年頃なのだから、ひょっとするとまったく関係の無い、本当にどうでもいいようなことで嗤っていたのかもしれない。そしてたまたま俺と目が合った。ただ、それだけのことなのかも。


 また、やってしまった。俺は常に物事を考えすぎるがゆえに、他人の一挙一動に過剰に反応し、疲弊してしまう癖がある。それには何やら大げさな病名がついてしまうほどだった。

 

 でも俺はそのことをあまり深刻に受け取っていない。精神科医なんてみんなどこかいい加減なものだ。「人は病名がついたとたん病気になる」と誰かが言っていたが、本当、その通りなのだ。

 

 たとえば今この場で楽しそうに並んでいる奴らだって、ちょっと深刻な顔をつくって診療所のひとつやふたつまわってみれば、きっと全員何かしらの病名がつくんじゃないだろうか。

 


 JKはおもむろにスマホを取り出すと、友人と通話をし始めた。見た目に反してかなりくだけたしゃべり方で、思わず二度見してしまう。

 

 ミホがそう、待ち合わせにめっちゃ遅れててさぁ、しょーがないから先にタピオカ買っといてあげようとしてるとこなんだけど、うん、やっばい、あたしって超優しくない!? そう、そう、ほんとミホは駄目、あの子いっつも時間守らないからさぁ、うん、うん、そう、そうなの、でしょー!? あたしもそう思う、えっ? 何、聞こえない、もっかい言って? うん、そう、コンチャにいるよ、リョーコも駅いるならこっちおいでよ、てかさー、マジでこの並びハンパないんだけど! みんなどんだけタピオカ好きなのよ、って、あたしも人のこと言えないんだけどさ、

 

(私は本来タピオカ屋に一人で並ぶようなさびしい人間じゃないの。ちゃんと学校っていうコミュニティに属しているし、今だってたまたま友達が約束の時間に遅れてるだけのこと。)

 

 そうやって通話という手段で赤の他人にエクスキューズせずにいられない、臆病な自尊心。そのさびしさが痛々しいくらいむき出しだから、俺は思わず耳を塞ぎたくなる。

 

 私は一人じゃない

 私は一人じゃない


 そうした声は階段のあちこちで、まるで隣同士が聞かせ合うようにして輻輳していた。どいつもこいつも似たような、カーボン紙みたいに薄っぺらい会話ばかりだ。

 

〝さびしさは鳴る〟って冒頭から始まる有名な小説があったけど、このざわめきは、まさにそんな感じだと思った。

 

 つづく