聞き屋のたぬ吉

矛盾の総和が人生だ

【小説】タピオカ禁止法(2)

「はー、おっかし。ないない、ありえない、ありえなりかずきだわ」

 

 彼女はひとたびスイッチが入ってしまうと、独特の声と表情になる。たとえばそれはタレントのYOUだとかELT持田香織あたりに似た、周囲を巻き込むような破壊力のある笑い方だった。

 

 油断していると持ってかれそうになるので、俺は極力無感情をよそおっている。彼女はひとしきり笑うと満足したのか、濡れた目元のまま、まぁ、でもさ、と続けた。

 

「浩志には気の毒だけど、相手も悪気はないんじゃないの? 最近いろんなところで売ってるから、みんなタピオカ脳なんだよ、きっと」

 

 ───タピオカ脳。

 そう言われて、なぜかはっとする自分がいた。

 俺もそのうちの一人なのだろうか。

 

「で、あたしがそのタピオカ屋に並ぶかどうかって質問だけど、今のあたしなら並ばないかな。それに去年一人で台湾に旅行したとき飲んだけど、正直そこまでハマらなかったんだ」

 

 回答はほぼ予想どおりだった。

 おまけに〝今のあたし〟という妙にもったいぶった言いまわしも、彼女らしいな、と思う。

 

「ただ、自分がJKの頃にそういう飲み物が流行っていたとしたら、まあ間違いなく並んでたと思う。ああいう現象に乗っかるかどうかって、そのとき自分がどういう人間とつるんでるかで決まるんじゃないかな。女の子は、とくに」

 

 俺はからからとアイスコーヒーをかき回しながら、それって、つまりどういう人間といるとタピオカ屋に並ぶはめになるの? と、興味津々な様子でたずねてみる。

 

「うん、だからね」

 

 彼女はちょっと休憩、というように右の手のひらをこちらに向けると、半分ほどに減ったカフェラテをずずっと啜った。

 

「何ていうのかな、流行っていえば聞こえはいいけど、要は作為的な価値観のすり合わせなのよね。その証拠に若い子たち見てるとさ、一人じゃ絶対に並んでないでしょ」

 

 俺はうんうん、と頷いて見せる。

 たしかにだいたい複数で並んでいる気がする。

 

「一人じゃないことを証明できるものなら、別にタピオカじゃなくてもいいの。クレープでもティラミスでもディズニーランドでも何でもいい。ただ、そのアピールをより手軽に、より強調して見せてくれるのがタピオカってだけ。この国の人間はたぶん、青春ってことばの意味を盛大にはき違えてる」

 

 ふと、あのミルクティーの底に沈んだ大量の黒いタピオカを想像してみる。仮にあのひと粒ひと粒を人間として見立ててみると、「青春」とか「一人じゃない」という言葉の意味が急に生々しく、たいそうグロテスクに思えてきた。

 

「時流に乗れてる感じとか、周囲との一体感、そういったいろいろが、おそらくあのタピオカには詰まってる。でもね、それを大っぴらに批判しちゃうと『クリスマス中止!』の連中みたいに、嫉妬だとか老害だとか、ちょっと痛い人間扱いされるわけよ。先制攻撃したほうが負けなわけ」

「先制攻撃したほうが負け、か」

 

 なるほど深いなと思いつつ、彼女の言わんとしていることはなんとなく分かる気がした。

 

「てゆうか、何だかんだ言って、浩志もほんとは飲んでみたいんでしょ? 間接的にあれこれ聞くより、いっぺん並んで買ってみたほうが早いと思う。大丈夫、浩志はラーメン屋に一時間平気で並べるヒトなんだから」

 

 それとこれとは、と、一瞬反論しかけたが、やめた。それら二つの正確な「違い」が何なのか、ちゃんと説明できる自信がなかったから。

 

 それに、図星だった。ほんとは飲んでみたいんでしょ。いっぺん並んでみればいい。最終的に彼女がそう言い出すであろうことを俺はどこかで予想していたし、実際そのように提案されることを内心では期待していた。

 

 店を出ると、さっきまでの健全な会話が嘘のようにあっさりとエロい流れになり、その足でレンタルルームへと向かう。気付くと俺はタピオカ屋に並ぶよりも先に、彼女のDカップ中央に鎮座ましましている二粒の〝タピオカ〟を、鼻息荒くつまんだり、どうかすると引っぱったりしていたのだった。

 

 つづく