聞き屋のたぬ吉

矛盾の総和が人生だ

【小説】東京リアルボーイ

 

「食事のときからすでに前戯は始まっていると言いますが、あれもあながち間違いじゃありません。たとえば初対面の人と店で食事をする場合、テーブルを挟んで正面から向かい合うよりもカウンターなんかで横並びに座ったほうが親しくなりやすいんですね。私がそれを知ったのはそうですね、二十代も後半に差し掛かった頃だったかと思います。秋口でしたか、ちょっと時節もはっきりしませんがおそらく夏以降です。デートって言うほどでもないんです。いやなに、一つ年下の男の子と某出会い系アプリでリアルしたときのことなんですけどね、全然大した話じゃないんですよ。と言うか「リアル」なんてさらっと言われてもよく分からないですよね。いいんです、これ、いわゆる業界用語ですから知らなくて当然です。むしろ知ってたらそういうことになります。まあ何ですか、その、アレです、男女の世界で言うところのテレクラなんかで知り合って、やるかやらないかは置いといてひとまず会ってみませんか的な、アプローチ次第では二人の関係を一回きりにも十回きりにもできるような、ほどほど軽薄な初めましてです。それを男同士でお茶だのご飯だのってめいめい体裁整えてよろしくやってるってだけの話です。テレクラってたとえがそもそも古いですよね。ごめんなさい年がバレます。えー、つまり僕らにとってそういう便利で有名なアプリがあるんです。そうですね、ふつうの男性の場合ぎゃるるとかハッピーメールとか、ああいった類いのものをイメージしてもらって差し支えないかと存じます。出会い系からの初めまして、からの何やかんやあって、からのホニャララ的な、つまりそういった一連の可能性をすべて孕んだものの総称をリアルと呼んでます。リアル。そう、現実です。お互いがお互いのスペックを値踏みし合う、痛快で滑稽な現実です。どちらが主導権を握るかは賽を振ってみないと分かりません。とは言うものの、その実はっきりとした意味はあってないようなもんです。同じ仲間うちでいつの間にか共有されている、曖昧模糊とした記号みたいな言葉ですから。何だかこう説明すると真面目な人たちにぶん殴られそうなものですが、あくまでこれは私個人の見解ですので話半分に聞いておいてください。各人各様の解釈はあろうかと思いますが、大意としてはざっとこんなところでしょう」


「そういえば最近テレクラって言葉自体とんと聞かなくなりましたね。正式名称はテレフォン倶楽部です、テレント倶楽部じゃないですよ。え、いやね、九十年代後半にプリクラって流行ったじゃないですか。あれがプリント倶楽部の略称だったもんですからうちの祖母がそれと勘違いしてボケたんですよ。あのときは爆笑しましたね。ともあれ私も久々にこの四文字を口にしたような気がします。あれってまだ存在してるんでしょうか。気になりませんか。気になりますよね。今スマホで調べてるんですけど、そうですね、ちょっと待っててくださいね、えーと、あっ、あった、ありました、へぇー、池袋に日暮里に春日部に、って、これまた微妙な場所に残ってますね。いや、けしてツーショットダイヤルみたいな文化をバカにしてる訳じゃないですよ。だって当時はまだネットのネの字もありませんでしたからね。あれはあれで大人の出会い系ツールとしてそれなりに重宝されていたようですし。むしろそれがキッカケで生まれた子供だって世の中にはごまんといるんじゃないですか、親が言わないだけで。そう考えたらバカにできませんよ。簡易の見合い所と言いますか、もう立派な福祉です。リンリンハウスだのもしもし何だのってずいぶん流行ってましたからね。駅前も駅前におっきな電飾看板ペカペカいわして、それこそコンクリートのビルの壁から電話ボックス、はたまた繁華街のちょっと裏手に入ったところにあるような駐車場の金網のフェンスにまで大量にピンクチラシが貼ってあったりしました。名刺大くらいのサイズで、電話番号の下四桁が0930とかで「オクサマ」なんてルビ振って読ましてくるようなアレです。そんなもんがお札みたいにして街中のいたるところにぶわーって撒いてあったんですからすごい時代です。剥がしても剥がしても、どうせ安い紙なもんで上から貼られて重なって、ミノムシみたいになってる電柱そこらじゅうにいっぱいありましたからね。まるで悪霊退散、耳なし芳一かって話ですよ。青少年保護育成条例が聞いてあきれます。ともあれパラダイムシフトって言うんでしょうか、ここ数年で一気にエロに対して非寛容な世論が形成されましたから、そういう二〇〇〇年代初頭まで街角で当たり前に目にしていたようなバイオレンスな有象無象はすっかり鳴りを潜めましたね。で、今となってはあれです、ネットの世界の中でよりグロテスクなものへと変化して、それに相反するように暴力反対という暴力も際限なく拡大して、なにか事件が起こるたびにメディアがしゃしゃり出てきてその風向きを訳知り顔でまとめて牽強付会な説を撒き散らして飯を食うという、いよいよセコい時代になりました。コミック雑誌なんかいらないっていう内田裕也主演のガイキチ映画知ってますか。あれなんか芸能レポーターが首突っ込んだ取材しすぎて最後ヤクザに刺されますからね。今はそれが進化して、いや逆に退化したのかも分かりませんけど、個人がスマホのカメラ片手にクソみたいなメディアに成り代わってそこいらで刺し違えてるんですよ。何と言いますか、ある角度から捉えたときにどこかで一部の有害性が認められると、待ってましたとばかりに十把一絡げで悪と決めつけて叩く輩がいるでしょう。そういった人たちは風邪を引いたとき薬とか飲まないんでしょうか。あれだってそうです、作用と副作用を天秤にかけて作用が大きいとする場合に服用するんですからリスクがまったく無い訳じゃないんです。風俗だって何だかんだ性犯罪を減らす役割がありますし、そこんとこ清濁あわせ呑んでこその社会ってもんでしょう。要は向き合い方次第なわけです。アングラはアングラなりに需要と供給があって、その周辺で小さな世界が保たれているんです。全部を無くせばハイ平和って、そう単純な問題でもありません。きれい事がきれい過ぎてもはやフィクションの世界です。って、すいません愚痴が過ぎました。昔から初対面では政治宗教野球の話は三大タブーだと言われていますからね、ご気分悪くされませんでしたか。そうですかそれなら良かったです。今の話は完全に忘れてください、大変失礼いたしました」


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「さてと、話がだいぶそれました。それで、何でしたっけ、そうだ初対面、私のリアルの話でしたね。それじゃ、その話の続きからしましょうか」

 

 

 つづく