聞き屋のたぬ吉

矛盾の総和が人生だ

友達でいさせてください

これから朝に転じる前が 夜のいちばん寒い時間でしょう

あなたにたどり着かないのは まだ寂しさが足りないのでしょう

あなたの傍へゆくために パスポートもビザも必要がない

空を見上げて 空に溶けて 空を伝ってゆく

 

有線放送だろうか、店内には中島みゆきの「空がある限り」が流れている。月曜夜半、僕は目黒駅前のファミレスでココアを飲みながら、見えるはずもない昨日と今日の境界線を探していた。

 

鞄から村田沙耶香の「ハコブネ」という小説を取り出して、ぼうっと読んでみる。


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この作品は性自認や性志向に違和感を覚えた19歳の女の子が、男装や同性への恋を通じて本当の自分を探していく物語である。読み始めてまだ3分の1程度なので、結末は知らない。

 

ハコブネ (集英社文庫)

ハコブネ (集英社文庫)

 

 

仕事を終えると、知佳子は自習室へと向かった。

自習室へ行くようになってから、皆が共有している幻想世界の中にいられる時間が長くなった。人が集まるところにいる間は、星の表面に転がりながら感じる、宇宙空間としての闇でなく、「夜」というものの存在を感じることができた。皆の仕草や、表情、呼吸、言葉、そういうものたちが、宇宙の中に夜という決まりごとを生んでいく。

皆で盛大なおままごとをしているみたいだなあ、とぼんやり知佳子は思う。女の子が数人集まっておままごとをはじめた瞬間、そこに、その集団だけが共有している見えない空間が生まれる。さっきまで平坦な公園の砂場でしかなかった場所が、ここは台所、ここは寝室、と区切られて、遊びが終わるまでは誰もそのルールを破らない。子供たちは大人には見えないその空間で遊び続け、その中で朝と夜を繰り返す。それを何十億人もでやっているみたいなのだ。

 

ここでいう“おままごと”とは、いわゆるドラマツルギーと呼ばれる社会観察の方法に近いのかもしれない。厭世的なように見えて、表面上はしっかりと適応しているところが実に面白い。

 

コンビニ人間」の主人公である古倉恵子も、世界ととても距離のある人物であったけれど、実際はメタモルしながら世界にうまく溶け込んでいた。そういう意味では僕と少し立ち位置が異なるけれど、それでも村田沙耶香氏の作品を手に取ってしまうのは、世界を逆立ちして眺めたような主人公の視点が好きだからだろう。

 

しかし、今この本のページをめくる僕の手は決して軽快なものではなかった。なぜならこの主人公のような違和感がフィクションとしてでなく、身近な人間の死に直結しかけたからである。

 

 

21時過ぎ、ある友人からラインで電話がかかってきた。

「男なんだからとか、もうそういうの疲れたよ」

息も絶え絶えに、彼は言った。

 

「たぬ、ありがとね」

「もうダメなんだよ、本当に」

 

苦しそうに喘ぐ息の随に、ガサガサと銀紙の擦れるような音が聞こえてくる。パキッと音がして、机に何か小さなかたまりが落ちた。すぐに錠剤だとわかった。

 

パキッパキッパキッパキッ

 

錠剤は一つではない。

 

パキッパキッパキッパキッ

 

一体いくつ取り出したの。ねぇ、それ、どうするつもりなの。そう言いたいのに、まったくもって声が出せない。僕は頭の中で、自宅から彼の最寄りの駅までの所要時間を計算する。

 

トットトット

ペットボトルから、コップに水を注ぐ音がする。

 

次の瞬間、擬声語にするのも躊躇われるグロテスクな音が鼓膜に響いていた。今まさに大量の錠剤を嚥下する、その音であった。

 

「お酒を、お酒を……」

「住所、ねぇ、住所を言って」

「コンビニに、ちょっと、買ってくる……ありがとね、ごめんね、もう動けない……」

 

通話はここで途切れてしまった。

 

https://twitter.com/kikiya_tanu/status/1054361523672428544?s=19

 

https://twitter.com/kikiya_tanu/status/1054362530062069760?s=19

 

https://twitter.com/kikiya_tanu/status/1054378229518163968?s=19

 

23時31分、最寄り駅に到着した。

一度しか通ったことのない道を、記憶を頼りに走った。勘が冴えていた。すぐに彼のアパートを見つけることができた。

 

電気はついている。

インターホンを鳴らすが反応がない。

残り6%の携帯から110番通報をした。

 

しばらくして自転車に乗った警官三人がやって来た。

「通報者の方ですか?」

「はい、そうです」

「Mさんでしたら、先ほどこの階段のところで倒れているのを近所の方が発見して、救急車で搬送されましたよ。」

「どちらの病院ですか?容態は、無事なんですか!?」

「意識はありましたので、おそらく大丈夫かとは思いますが、念のため一緒に来ていただいてもよろしいですか」

 

警察の車で搬送された病院へ向かった。

 

「ご友人の方ですか?」

「ええ、そうです」

「ご家族の方の連絡先、わかりますか?」

「いえ、わかりません」

「ご本人の携帯番号は?」

「いえ、ラインで繋がっているだけですので」

「住所はご存じだったんですか?」

「いえ、一度来たことがあったので、記憶を頼りに走りました」

「そうですか。いやぁ、意識はあるようだったんですが、何を聞いても答えてくれないので、こちらも情報がまったくないんです。あなたも優しいんですね、わざわざ駆けつけてあげて」

 

優しくなんかない。

SNSの繋がりとは何と薄っぺらいものかと愕然とした。僕は彼の住所も電話番号も知らなかった。知っていたのは本名と、常時連れていた希死念慮の、その2つだけである。友人なんておこがましいのだ。僕は彼のことを、何も知らなかったのだから。

 

病院に到着すると、警察の人と一緒に医師の説明を受けた。命に別状はない、その一言で肩の力がすっと抜けていった。

 

 

残念ながら直接会うことはできなかったけれど、意識が戻ったら病院から連絡をもらえることになった。そして警察の人に目黒駅まで送ってもらって、今に至る。コンサータを飲んでいるせいか、比較的冷静でいられた自分を誉めてやりたいと思う。

 

もうすぐ夜が明ける。

 

生きるとは何なのか。

友達とは、何なのか。

もう、わからない。

助かってよかったのかも、わからない。

 

もう少しだけ、友達でいさせてください。

 

 

 

1日は36時間と決めたんです

他人さまの進み方は知りません

お陽さまが昇って次に昇るのが1日じゃなく

次が昇るのを見届けて沈むまでが1日

出来ることが まだ間にあう し残したことが まだ間にあう

ゆっくりゆっくり 悲しみは癒えるだろう

大切に大切に 愛する人と歩くだろう

おそるおそる 人は変わってゆけるだろう

追いつめられた心たちよ 36時間に来ませんか

追いつめられた心たちよ 36時間に来ませんか

 

1日は36時間と忘れていました

子供の頃には知ってたのに

お陽さまが直接教えてくれたのに

なのにいつしか小賢しく1日を短くしてしまった

うろたえれば見まちがえる 慌てれば忘れ物を残す

ゆっくりゆっくり 痛みの膜ははがれる

やさしくやさしく 大切な人に尽くすだろう

休み休み 呼吸は深くなってゆけるだろう

追いつめられた心たちよ 36時間に来ませんか

追いつめられた心たちよ 36時間に来ませんか

追いつめられた心たちよ 36時間に来ませんか

中島みゆき「36時間」2015年)