聞き屋のたぬ吉

相席をした彼の名は悲しみ

ELLEGARDEN 「THE BOYS ARE BACK IN TOWN」TOUR 2018に見る異性愛の圧倒的優位性と閉塞感

おととい8日、新木場STUDIO COASTでおこなわれたELLEGARDENの十年ぶりの復活ライブに足を運んだ。

 

記念すべき復活とは言え、自分にとって彼らのライブはこれが初参戦であり、軽々しく「お帰り」なんて言えるようなコアなファンではまったくない。それ故にライブレポートと言うのも憚られるくらい些末な内容になることは予め断っておきたい。


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あえて言及するまでもないが、僕が今回当選したのは抽選倍率が一部で900倍ともささやかれるほどのプラチナチケットであった。そのため当日は台風が接近しているにも関わらず、ライブ会場へ続く沿道には惜しくも抽選に漏れてしまった「同行希望」の人たちが大挙して押し寄せていた。

 

m.huffingtonpost.jp

 

本当かどうか知らないけれど、「徳島から来ました」など、西の県名が書かれたボードを持つ人を見かけてしまい、反射的にどうにも胸が痛む。

他にもパフォーマンスなのか、傘もささず雨晒しで「どうか同行させてください!お願いします!!!」とずぶ濡れで叫ぶ男の人もいたりして、ここまで来るとこちらもあまりジロジロ見ないようにする以外方法がない。他の人もそうだったのか、チケット保有者たちは皆一様に伏し目がちとなり、葬列のごとく粛々と会場へ向かう光景のおかしさと言ったらなかった。

 

彼らの熱い気持ちを無駄にしないためにも、このライブで自分なりに「大切な何か」を感じ取って持ち帰ろうと思った。

 

*   *

 

ELLEGARDENが全盛期の頃、僕の年齢は二十歳前後と無敵に若く、世の中のことなどまだ何も知らない幼気な青年であった。

あるゲイの掲示板(2006年頃はまだ掲示板での出会いが主流だった)で知り合ったY君がエルレの大ファンで、彼に片想いをしていたことが影響し、自ずと彼らの楽曲を聴くようになっていたのだった。

 

最初に買ったアルバムは「RIOT ON THE GRILL」で、それを初めて耳にしたとき、純粋にカッコイイなと思ったのを今でも覚えている。

彼らの紡ぎ出す四重奏には、通常多くの人々が経験しているであろう「青春」“とやら”が多分に詰め込まれている。その無骨で青臭い歌詞と王道のロックサウンドとが相まって、当時10代20代だった若者を中心に絶大な支持を集めていたのだった。


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そして活動休止から十年の時を経た現在、ファンもメンバーも気付けば互いに同じだけ歳を取っていた。

 

*   *

 

自分たちは奇跡的にチケットの整理番号が二桁だったため、2階席のほぼ中央最前列に座ってライブを観ることができた。1階の最前列に行くことも出来たけれど、体力的に厳しいので遠慮させてもらった。

 

開場直後、16:50頃の様子
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開演20分前には超満員に
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予定時刻が10分ほど過ぎた頃、突如照明が暗転すると同時に観客の熱気は最高潮に達した。そして暗闇の中ストロボのように高速で明滅する無数のライトを背に、勢いよくONE OK ROCKのステージが始まった。

 

ボーカルTakaの伸びやかで力強いシャウトは楽器のようで、聴いているうちにぞくぞくと鳥肌が立ってくる。

かろうじで「完全感覚Dreamer」だけは知っていたけれど、その他の曲は一切分からなかった。

 

ワンオクの演奏が終わると、25分ほど機材チェンジの時間を挟んだ。その後に再び暗転し、高揚感のあるSEと共にステージ背後にせり上がってきたのは、禍々しいドクロのイラストとバンド名が描かれたフラッグだった。やがて次の瞬間、ついにELLEGARDENのメンバー四人が姿を現した。


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Supernovaから始まり、Pizza Manと続くと、早くも中央の柵の前ではモッシュが発生し、ダイブしながらステージ前方まで転げる男の子たちも続出。無邪気な彼らを見つめながら、自分もあんなことが出来たらさぞかし気持ちがいいんだろうなぁと思った。

 

MCで細美氏は十年ぶりのライブの手応えを「溜めに溜めたオ○ニーのような感覚」と言い放ち、場内の笑いを誘った。万感こもごもあったにも関わらず、テンションが上がり過ぎてしゃべる内容がすべて飛んでしまったのだという。その飾り気のないトークから彼らの温厚な性格がにじみ出ていて、好感度が上がった。

 

「この十年、いーろいろあったんだよ。でも一つだけ言えるのは、その分、強くなったってこと。」

 

僕は彼らが活動を休止した詳しい理由を知らない。

復活するに至った経緯について、そのいろいろを細美氏はMCの中で語ろうとはしなかった。オープニングアクトを務めたONE OK ROCKとの出会いも紆余曲折の物語があるようで、それも含めていつか話せるときが来ればいいと、希望的観測をこぼすに留まった。

 

と、ここまでは良かったのだが、ふいに細美氏が「みんなはこの十年でどんなことがあった?」と問いかけると、ステージ向かって左前方にいた男の子が「結婚して子供が生まれた!!」と、お誂え向きとも言えるような模範解答を叫んだ。「そりゃめでてぇなぁ!」みたいなことを返して場内は拍手に包まれたのだが、ここで僕はすでにアウェイ感が半端なく、みんなと一緒になって手を叩くことが出来なかった。

 

*   *

 

二度目のMC明けだったろうか。正確なセットリストは忘れたけれど、ライブ中盤にはその昔僕が一番好きだった「Missing」が演奏された。それと同時に僕の左前に立っていた男の子がタオルで目もとを覆い、静かに肩を震わせているのが見えた。その純粋さが、何だか無性に羨ましかった。

 

(ELLEGARDEN「Missing」2005年)

 

あの火花みたいに 誠実なら 
迷う理由も見つかるのに 
足りない記憶 僕らの唄 口ずさめば 

重なって 少し楽になって 
見つかっては ここに逃げ込んで 
笑ったこと 思い出して 
We're Missing We're Missing 
We're Missing 

 

サビの部分は、アルバムを聴いていた当事の僕の様子をそのまま表していた。

真面目な話、当時はY君との体の関係に溺れていたため、読んで字の如く「重なった瞬間少し楽になって、逃げ込んでいた」のだ。今振り返ると、その麻薬のようなまぐわいは欲しがるほど取り返しのつかない領域に追い込まれ、ある種の中毒症状に陥っていたのかもしれない。

 

あれは片想いなどというヌルい感情ではなかった。

あの感情は、底なしの承認欲求と粘着質でドロドロの性欲と「愛されたい」というエゴイズムが綯い交ぜになり、皮膚一枚焼け落ちてしまったようなただれた粘膜そのものだった。そしてその傷口をひたすらタイプの男の人にえぐってもらうことで、生きている実感を得ようとしていた。

 

何の疑いもなくエルレを聴けていたあの頃、僕は若かった。きれいな思い出話の一つでもあれば救われたのだろうが、僕はずっと痛かった。痛かったはずなのに、どこが痛むのかが分からなかった。あの頃、僕は無自覚で、最高に自由だった。

 

ライブに行こうと思ったのは、当時の感傷に浸りたかったからではない。なぜ彼らの歌のような「青春」が僕自身に訪れなかったのか、その理由を今こそ確かめたかったのかもしれない。そして出来ることなら追体験したいと、そう願っていたようにも思う。

 

*   *

 

ある人物の言葉を借りるとすれば、結婚して子供を生むことは生産性があるのだろう。事実人類は太古からそのようにして受け継がれてきた訳で、そうした生き死にの循環を作り出しているという点で、彼らは讃えられるべきなのかもしれない。

 

ただ、そうした圧がマイノリティを息苦しくさせていることもまた事実である。

 

エルレのライブに来ていたファンを観察してみると、やはり見た目も含めて居酒屋でバイトしていそうな元気な人たちが多く、amazarashiのライブに来ていた人たちとはまったく違っていた。

それがいいとか悪いとか言いたい訳じゃないのだが、きっと彼らの多くは学生時代、クラスの中で中心的な存在感を放っていた、あの比較的派手で活発なリア充グループに所属していた人たちなのだと思う。本当のところは分からないけれど、僕には彼らが友情や恋愛、家族愛といった磐石なものをしっかりとその手に握りしめているようにも見えた。

 

「俺バカだから、たかがバンドみてーなことしか出来ねーけど。」と、細美氏は言う。

 

ELLEGARDENがマイノリティを無視している、ということではないが、どちらかと言うと彼らの楽曲はマジョリティの感情に寄り添ったものが多い。そして彼らマジョリティが異性愛者として恋愛、結婚してくれないと、世の中が回っていかないのもまた事実である。

それに「バカ」であることは、ある意味で男性そのものの存在の証明でもあるように思う。それはゲイで言うところの「ノンケっぽさ」という価値観にも集約されていく。

 

作家の村上龍は、あるエッセイの中で「この時代に元気でいられる人たちというのは、権力者かバカのどちらかだ。」と綴った。恐らくこの表現の意図は、メンヘラ側から見た一般人に対する皮肉である。

 

しかしマジョリティ側もそれなりの苦労は抱えている訳で、むしろこの閉塞感で満たされた時代にバカでいられるということは、簡単なようで実はもっとも難しいことなのではないだろうか。

 

gendai.ismedia.jp

 

そしてバカでいるということがいわゆる「男らしさ」の正体なのだろうとも思う。日傘男子が流行らないのも、男子トイレの清掃に女性が入って問題ないのも、「細かいことにこだわる男はカッコ悪い」という不文律からくるものなのだろう。

 

 

 

 

多数派の人たちは各々が恩恵を受けていることを知ってか知らずか、今よりもっと居心地のいい社会を作れるはずだと信じてやまない。男が悪い、女が悪いと罵り合いながらセックスをし、結婚して子を作り、社会という巨大なパズルのピースとなり、その退屈さと引き換えに、何かの責務を果たしたような「普通」という称号を与えられるのだ。

 

もちろんそれとて、容易いことではない。

 

いつか僕ら少数派の絶望を食い物にしたリア充への恨みなのか、「Marry me」を演奏する頃にはすっかり興ざめしてしまい、アンコールなどを待たずして退場してしまった。そして出口付近にはせめて音漏れだけでも拾おうと集まったファンで埋め尽くされていた。

 

こんな貴重なライブを途中退場するような人間は皆無なのだろう、そのファンの人たちから一斉に話しかけられてしまった。

 

「えっ、帰っちゃうんですか!?」

「もうアンコール終わったんですか!?」

「今どの曲演奏してますか!?」

 

その純粋さが痛かった。

しどろもどろになりながら、逃げるようにして会場を後にしたのだった。

 

*   *

 

着地点が分からなくなってしまったが、一つ言えるのは、少なくともこの10年間でELLEGARDENは僕が聴くべき音楽ではなくなってしまったということだ。そのことが今回のライブで鮮明になってしまった、ただそれだけのことだ。

 

本当はもっと書きたいことがあったけど、これ以上はやめておく。生産性云々の件も少し触れてしまったけれど、今後そういった内容の話はあまりブログでは扱わないことにする。前にも書いたとおり、今の僕が抱え込んでいる闇は、すべて小説で表現していきたいのだ。

 

純粋なELLEGARDENのファンの人がこの記事を読んでいたとしたら、相当にモヤモヤしてしまうかもしれない。でも、中にはこういうことを感じていた人間があの場にいたという事実を知ってもらえればと思う。

 

彼らの今後の活躍を、陰ながら祈っている。