聞き屋のたぬ吉

相席をした彼の名は悲しみ

amazarashi Live Tour 2018「地方都市のメメント・モリ」

おととい中野サンプラザにておこなわれたツアーファイナルに、お世話になっている友人と二人で行ってきました。実は僕らにとって今回のamazarashiが初参戦のライブだった訳なんですが、噂に聞いていた通り、秋田氏の美しい歌声とタイポグラフィに終始圧倒されっぱなしの2時間でした。せっかくなので、興奮冷めやらぬうちにライブレポートを書いてみたいと思います。


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【セットリスト】

1.ワードプロセッサ

2.空洞空洞

3.フィロソフィー

4.この街で生きている

5.たられば

6.月曜日

7.リタ

8.バケモノ

9.ムカデ

10.冬が来る前に

11.ハルキオンザロード

12.ラブソング

13.空に歌えば

14.水槽

15.ぼくら対せかい

16.多数決

17.命にふさわしい

18.悲しみ一つも残さないで

19.スターライト

 

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まず今回のツアーですが、タイトルにある通り、昨年末にリリースされた「地方都市のメメント・モリ」というアルバムの楽曲がメインで構成されています。このアルバムを一番最初に聴いたとき、全体的に「時間の概念」をとても丁寧に描写しているなぁという印象を受けました。ちなみに僕はこのアルバムの中だと「ハルキオンザロード」と「バケモノ」が特に気に入っています。


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1.ワードプロセッサ

この曲はいわゆる“ポエトリーリーディング”と呼ばれる、歌詞を朗読する形式の楽曲になっています。

 

生きるか死ぬかにおいて 

終わりを逆算、サバービアのメメント・モリ

シャッター街の路地  郊外の鉄橋 

背後霊が常に見張っている

 

タイトルの「メメント・モリ」自体が死生観を表す言葉であるように、秋田氏は常に「終わりを逆算」しながら日々を生きているのかもしれません。そう思わされるほどの気迫が、ライブの生の声を通じてひしひしと伝わってきました。自分にはこれ以外生きる術を持たないんだという覚悟のようなものが感じられて、その力強さに一曲目から感動してしまいました。

 

秋田「地方都市のメメント・モリツアーファイナル、中野サンプラザ!青森から来ました、amazarashiです!!」

 

4.この街で生きている

「空洞空洞」「フィロソフィー」とアルバムの曲順通りに演奏が続いたあと、秋田氏はMCで「あなたが暮らす街は、どんな街ですか」と問いかけます。そしてとある街のノスタルジックな映像が断片的に映し出されると、情緒的なメロディーラインと共に会場の雰囲気は一転。「この街で生きている」は、amazarashiの中でも比較的ポジティブな歌詞になっているため、ライブ中の箸休め的な楽曲と言えるかもしれません。

 

春夏秋冬 変わっていく街の景色

その中で抗ってる 君も 僕も

希望 誹謗 理想 自嘲 戦ってる相手は

疑う心だ つまり自分だ 

 

希望を誹謗するのも自分、理想を自嘲するのも自分。夢と現実の距離に煩悶しながら「それでも」と立ち上がる自分を、街は否定も肯定もせず、拒絶もしない。そんな漠とした街の優しさが歌われていて、あらためてスケールの大きい曲だなぁと思いました。

 

(amazarashi「この街で生きている」2011年)

 

8.バケモノ

紗幕には歌詞の通り、影の少女がさらにその影のバケモノへ次々と嘘を与え、肥大していく映像が流れます。それはまるで「千と千尋の神隠し」に出てくるカオナシを彷彿とさせるような描写で、背中から生えるいびつな腕のグロテスクさに鳥肌が止まりませんでした。


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もの欲しそうな表情浮かべ

次第に肥大するその体躯

次の嘘をもっともっととせがむもんだから

そうか 僕の嘘を一つあげようか

 

歌詞の最後は「自分自身とバケモノは表裏一体である」と結んでいるのですが、これはつまるところ、嘘は本質的に人間の欲望そのものという意味なのでしょうか。それは他人に対しての嘘なのか、自分自身に対しての嘘なのか、また、嘘をつく理由は何なのか。誰もがその実像と影の狭間で揺れながら、正体不明のバケモノと戦っているのかもしれません。

 

9.ムカデ

実はこの曲を聴くのは今回が初めてでした。

新曲かと思って調べてみると、どうやらインディーズ時代にリリースした「0.6」というアルバムに収録されているそうですね。メジャーデビュー以降のアルバムはほとんど持っているのですが、完全に勉強不足でした。


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逃げ場なく息も絶え絶えな ムカデ

涙 の濁流を這って 何処へ 行こう 何処も 駄目だ

居場所 が無い 神様僕は分かってしまった

空っぽの夜空が綺麗 あの黒い空白に埋もれてしまえたらって

願う そうか もしかしたら 僕は 死にたいのかな

 

歌詞に羅列されているのは、今までに感じたことがないくらい圧倒的にリアルな希死念慮。空を「黒い空白」と喩える言葉のセンスには特に脱帽で、やられたな、という感じでした。実際に絶望の洪水に喘いだ者でないと紡げないような強烈な失意に、あぁ、きっと僕はこの曲を聴くために今日のライブへ来たんだと確信しました。

 

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11.ハルキオンザロード

この曲のサビを聴いて真っ先に思い浮かべたのが、銀河鉄道999のような夜汽車で行く旅の情景でした。

 

生きるという名前の列車に乗って

時間の後ろ姿、追い越した

相席をした彼の名は悲しみ

それを知ったのはもうずっと後 

夜を散らかし 夏を散らかし

それを露骨に照らす夜明け

 

この歌詞にあるような感情や概念の擬人化は、十八番と言っていいくらいamazarashiの楽曲ではよく使われている表現方法です。時間を追い越してしまった「生きる」という名前の列車は、悲しみと相席をした僕らを乗せたまま、一体何処へ向かうのでしょうか。

 

15.ぼくら対せかい


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この曲にはアルバムのコンセプトにもなっている「地方都市」のさびれた情景がリアルに描かれているのですが、同時に中盤部分では、やはり時間の概念を擬人化したこんな一節が出てきます。

 

何かを置き去りにしてしまった気がするんだよ

でもそれが何なのかはもう忘れた

もしくは何かに置き去りにされたのかもしれない

いつもせっかちで何かの使命みたいに

先を急ぐ彼女の名前はたしか「時間」

後ろ姿さえもう見えない

その微笑さえ思い出せない

 

現れたと思えばすぐに消えていく今、現在、この瞬間。置き去りにしたのか、されたのか。迷いながらもそれらの時間を「先を急ぐ彼女」と喩えてしまう美的センスには、畏敬の念を禁じ得ません。ドラえもんのタイムマシンや、時をかける少女タイムリープなど、フィクションの世界では時間の往来を可能にした描写が数多く出てきます。誰しも「あの時こうしていたら……」と、今と違う未来を想像することがあると思いますが、人生は絶対に後戻りすることが出来ないからこそ、美しく価値があるのではないでしょうか。

 

19.スターライト

秋田「ありがとうございます!最後の曲です!11年前、さびれた地方都市で、この曲からamazarashiは始まりました!!」

 

僕がamazarashiを知ったのは2010年頃のことです。「夏を待っていました」という曲をカラオケでよく歌っていたんですが、当時はまだCDを全て買い揃えるほどのファンではありませんでした。それからしばらくして相方と出会い、自分自身を内省する機会が増え出した2014年頃から再び気になり始め、意外にもこの「スターライト」から本格的にamazarashiにのめり込むようになりました。

 

正直どのフレーズをピックアップしたらいいのか分からないほど完成度の高い曲で、人に言葉で説明しようとすると「まずは聴いてみて」としか言うことが出来ません。そのくらい幻想的で救いのある、物語性の強い楽曲なのです。

 

www.amazarashi.com

 

終わりがどこにあるかなんて 

考えるのはもう止めた

つまり 言い換えれば全部が僕次第

屑みたいなゴミみたいな 

小さな僕だって光るから

見つけてほしいんだよ この声を 

今すぐ空に投げるよ

夜の向こうで誰かが待ってて 

それを見つけて スターライト

愛だ恋だってわからないけど

僕らは一人では駄目だ

愛する人は守れカムパネルラ 

弱気は捨てろ スターライト

きっと悪いことばかりじゃないよ

隣にあなたがいるなら

 

(amazarashi「スターライト」2014年)

 

そして歌い終わると、彼は最後にこう言いました。

 

秋田「この夜の向こうに答えはあるのか。

限られた時間のなか、この旅路は距離にして1万1,000キロメートル、時間にしたら11年分、費やした言葉は1万1,837文字。

死にたい夜を越えて、今ここに立っています。

君は続く、人生は続く。
このツアーが終われば、わいもあなたも、また日々の暮らしに戻ります。

その日常に埋没しそうな時、今日の言葉たちが輝きをもって、なにかしらの閃きになったら。これ以上の幸いはありません」

秋田「またこの街で、もしくはこの世界のどこかで、必ず生きて会いましょう。言いたいことはこれで全部、amazarashiのライブは終了です。だけど最後にひとつだけ。ありがとうございました!!」

 

amazarashiは会いたくて震えたり、翼を広げたり、魔法にかかったり、スターライトでパレードをするようなことはありません。決して本人が前に出て宣伝することもなく、覆面でのスタイルを貫きながら、地道に、しかし着実に、口コミだけで支持を広げてきたバンドです。そして彼の語彙力、表現力、言葉の重み、歌詞のリアリティ、どれを取っても他のアーティストとは一線を画しているものと確信しています。だから、どうかこれからも変わらず、自分のような日影に生きる人間の代弁者であってほしいと強く願います。

 

11月の武道館で再び生きて彼らに会えるのを、今から楽しみにしています。


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