聞き屋のたぬ吉

アラサー会社員たぬ吉の、心のスキマを埋める旅

自虐的だった片想いと過呼吸の話

すっかり治ったと思っていた過呼吸が、最近とみに頻発するようになってしまった。先週から既に三回も出ていて、自分の中ではいささか深刻な状況だったりする。

最後に過呼吸になったのは、たしか三年以上前のことだったと記憶している。それ以来はすっかりご無沙汰だったものだから、過呼吸の存在自体忘れているほどだった。それがここへ来て再発したのは、精神的なダメージがいろいろと重なったからなのだと思う。

特に二回目の過呼吸はものすごく苦しかった。自宅である人のことを考えていたときに始まってしまったんだけど、何となく胸のあたりに圧迫感があり、一度に吸える空気の量が極端に減っていたらしい。(あっ、ヤバいかも……)と思ったときには既に手遅れで、息を吸わなきゃという強迫観念から呼吸がどんどん早くなり、止まらなくなった。

そのまま床に倒れ込んでしまい、ついに全身が痺れて冷たくなった。押さえ込んでいた感情が、限界を迎えてしまったようだった。

 

その人には独特の「影」があった。笑顔でいるけれど、ふとした瞬間に見せる表情の変化や眼差しに、強い寂寞が漂っているのを感じた。何かに抑圧されて生きてきたのかもしれない、そんな想像が頭をよぎった。

彼の思慮深さに惹かれた。本来なら一人の人間としてまともに関わってみたかったけれど、出会い方を完全に間違ってしまった。選択肢を与えてくれたにも関わらず、自ら友達にならないことを選んでしまったのだ。不可逆的な出会いにしてしまった後悔から、今さら胸が押し潰されそうな気持ちになった。

僕はその人に会うとき、一つ嘘をついてしまった。本当のことを言うタイミングを見つけられず、良心の呵責に苛まれていた。結局はバレてしまったんだけど、それについて特に何か言われることはなかった。彼にとっては正直どうでもいいことだったのかもしれない。

 

何となくではあるけれど、僕にあまり関わってほしくないと思っているような気がした。彼は僕の裏も表も両方知っているから、相当エキセントリックな奴だと感じているに違いない。せめてラインもブロックしてくれていれば、既読にしないでくれればよかったのに、なぜかそうならなかった。送ったメッセージを読んでくれるものだから、その優しさに甘えてコミットしてしまった。

仲良くなりたいと思った。でも、身を引くべきなのではないかとも思った。このまま無遠慮に関わっていけば、彼の僕に対する評価は目減りしていくような気がした。今なら「変な奴だったな」くらいで済むかもしれない。でも、もう会えなくなってしまうのも寂しい……。僕は本当に強欲でずるい人間なのだ。

 

*   *

 

特に過呼吸がひどかったのは十年くらい前の話で、ある人に片想いしていた時期だった。彼はなぜか僕に対してだけは強気で、二人きりのときは相当いじめられた。

「今日会える?」

当時保育士の専門学校に通っていたSは、決まって唐突に連絡をよこしてきた。外で会うときもあったけど、家に呼ばれるときは大抵がそういうことだった。

「溜まってるから覚悟しとけよ?」

「マジでやっちゃうからな!」

自分を必要とされることが嬉しくて、Sの性欲の捌け口になることを甘んじて受け入れていた。普段子供たちの前では優しく接しているにも関わらず、自分の前では凶暴な性格に豹変するというギャップにやられた。

 

玄関先で即、なんてこともしょっちゅうで、ネカフェやカラオケ、マンションの非常階段などで犯されることもあった。手淫口淫だけでは終わらずに、場所を問わず本番を求められることも度々あった。

特に奉仕に関しては必ず根元までするように言われ、喉の奥のほうを執拗に攻められた。両手で後頭部をガッチリ掴まれて、上下に思いっきりやられた。

「あー、奥すげぇ……」

『ぐえっ…うぇっ……』

僕がいくら嗚咽してもお構い無しで、満足するまで止めてはくれなかった。胃液が上がるので、会う前の食事は一切禁止されていた。

 

Sの友達に目の前で犯されることもあった。その子はリバで、僕に対してはタチだった。僕のことをさんざんめちゃくちゃにした後は、その友達がSにめちゃくちゃにされた。それを終止目の前で見せられた。地獄だった。

Sの友達にやられた日の夜は、決まって過呼吸に襲われた。やめてほしかったけれど、彼氏じゃない自分に口出しする権利はないし、何より断ることで呼ばれなくなるのを恐れていた。最後のほうはお金まで払っていたのだから、今にして正気の沙汰ではなかったと思う。

セックス以外にも「落としていい?」と言われ、腕で首を締め上げるような形で意識を落とされることもあった。

「俺、今日イライラしてるから」

こんなふうにメールが来るときは鳥肌が立った。特にSのストレスが溜まっているときには胸ぐらを掴まれて殴られたり、プロレス技をかけられた。気分によって頭から〇〇〇〇をかけられたり、〇〇を飲まされることもあった。ここではとても書けないようなこともたくさんあった。

 

そんな歪んだ関係が二年ほど続いた後、Sの就職を機にほぼ音信不通になってしまった。僕の二年に及ぶ自虐的な片想いは、あっけなく幕を閉じたのだった。

 

*   *

 

失恋後、一つ大きな問題が残った。それはあまりにも常軌を逸した行為を当たり前のようにさせられていたせいで、体がそれに慣れてしまったのだ。彼のセックスが強烈すぎて、いつの間にか強引にされないと満足できない体質になってしまっていた。それ以降、体の関係になった相手には無理矢理してもらうようにお願いした。応じてくれる人もいれば、中には引いてしまう人もいた。

そうした経験が増えるたび確信に変わったのは、鉄道員や警察官、公務員など、真面目な仕事をしている人ほど暴力性の強いセックスをするということだった。普段抑圧されている分ストレスが溜まるのか、僕の前だけで暴力的になる姿は筆舌に尽くし難いものがあった。

そして過激さを求める反面、満たされた後は必ずと言っていいほど過呼吸になった。いつしか僕にとってセックスは暴力となり、リストカット的な自傷行為としての役割を果たすようになってしまっていたのだった。

 

Sと会わなくなって一年が過ぎた頃、某掲示板で年上の人とすることになった。相手の家でいつものやり方で奉仕していると、彼は申し訳なさそうな顔でこう言った。

「そんなに奥までやって大丈夫?苦しくない……?」

『えっ?こうするのがイイんじゃないの……?』

「可哀想になってきちゃうから、そんなことしなくていいよ。ごめんね、何か飲む?」

そう言って、彼はお茶を出してくれた。

「いつからそんなふうにやってるの?」

『昔好きだった人が、こういうのが好きだったので』

「そうか、それは大変だったね」

優しい表情で頭を撫でられたら、無意識に、涙が頬を伝った。

「大丈夫、大丈夫」

優しく抱き締めて、落ち着きを取り戻すまで背中をさすってくれた。生きる価値なんてないと思っていた僕に、ほんのひととき、安らぎを与えてくれた。

(もう、こんなバカなことはやめたいなぁ……)

 

蒸し暑い、夏の夜だった。