聞き屋のたぬ吉

相席をした彼の名は悲しみ

感情が爆発した一週間のこと

 「困ったことがあったら何でも言えよ」

事あるごとに、奴はそう言った。

奴とは職場の上席で、センター全体の責任者のようなポジションの人間だ。57歳、詳しい役職は知らない。

任侠映画のヤ〇ザのような薄茶がかった眼鏡姿で、おまけにこちらの名前は呼び捨てなものだから、パワハラの予感がしてひどく警戒していた。しかし関わるうちにそこそこ冗談も飛ばす人だとわかり、“やや昔気質だが情に厚く、気立てのいいオッサン”という形で自分の中に収めることにした。名前はNとする。

 

欠勤が続いた。Nはなんだかんだ心配していたようで、病み上がり(ということになっている)で出勤したその日に面談をしようと言ってきた。

「お前、何かやりたいこととかあるのか?」

 あーいえ、特には 

「彼女とかいるのか?」

 えぇ、まぁ (男だけどな!)

「結婚したいとか思わないのか?」

 わかりません

矢継ぎ早に仕事と関係のない質問を浴びせられ、思わず嘆息が漏れる。

「何か夢とか目標を持ったらいいんじゃないのか?例えば車を買うとか、海外旅行に行くだとか」

「とにかくもっと夢を持ったほうがいいぞ。そうすれば仕事も楽しくなってくるはずだから」

彼の言う夢とは、物欲と結婚を指しているのだろうと察した。幸福の尺度は人それぞれだから仕方ない。

Nには悪気が一切ない。むしろ普通のノンケにとっては面倒見のいい上司ということになるだろう。しかし失われた20年しか知らないミレニアル世代のゲイにとって、夢なんぞ腹の足しにもならない代物でしかない。「消費せよ」と煽るバブル世代のイケイケな上昇志向や結婚観は過去の遺物となり、形骸化した物質主義はもはや便所の落書きである。馬耳東風。

 

その週の金曜日、直属の上司Tから電話業務を新たに2社追加で対応してほしいと言われた。

もう一人と共に研修を受けたのだが、早口でざっと資料をなぞっただけのいい加減な内容に呆れた。とてもじゃないが一回で覚えられるようなものではないと思った。いや、待てよ……それともADHDで集中力がないのが原因なのだろうか。よくわからない。

「来週からさっそくお願いできますか?」

 せめて一日欲しいので、火曜日からでもいいですか?

「了解です。あ、日曜昼前から上野公園で会社のお花見あるんで、よかったら!」

 行けたら行きますね (棒読み)

 

*   *

 

月曜日、Nにメールで欠勤の連絡を入れた。

「お大事に」とだけ短く返信があった。何もかも忘れたくなって、荒川の河川敷で一日のんびり過ごした。

 

tanukichi.hatenadiary.com

 

火曜日の朝、いささかの吐き気を押し切って出社すると、上司のTが開口一番こう言い放った。

「今日から例の2社、対応してもらいますから」

 えっ、今日からですか?

「火曜日からって約束してましたよね?とにかく対応してもらいますんで、お願いします」

 冷徹だった。

(月曜休んだお前が悪いんだからな)

Tの表情は明らかにそう言っていた。焦る自分に一瞥もくれず、そそくさと会議室へと消えて行く。

こめかみに脂汗が伝う。まずい、絶対に無理だ、出来るわけがない。トイレで鏡を覗き込んだら顔が真っ青になっていた。

早退した。そして駅のホームのベンチに腰かけた瞬間、緊張の糸が切れて過呼吸になってしまった。

「あらやだ、大丈夫!?」

親切なおばさんが駅員を呼んでくれた。駅舎で30分ほど休ませてもらい、なんとか家路につくことができた。

 

水曜日も休んだ。

どうしても起き上がることが出来なかった。

その日の午後、朝日新聞の原田っちから、以前受けたLGBTに関するインタビューについてラインが来た。

「明日、いよいよたぬ吉くんの記事を出します!」

緊張した。

夜、彼に会った。あの内容で読んでもらえるだろうか。非難ごうごうだったらどうしよう。そんなことをぐだぐだ聞いてもらった。帰りに焼き鳥を買ってもらった。

結局眠れなくて、いろいろ考えながら夜明けを待った。

 

木曜日の朝、記事が上がった。

withnews.jp

昼前にはヤフートピックスに取り上げられ、トップニュースを飾った。ツイッター上ではものすごい勢いで記事のURLが拡散されていく。そのままRTした人にはイイネを押し、意見を添えてくれた人にはリプライを送った。可能な限り記事に関するツイートを追いかけた。

 

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会社に休みの連絡をすることも忘れていた。10時を過ぎた頃、Nから「今日はどうした?」とメールが来ていたが気づかなかった。派遣の担当から電話があり「Nさんが何でも相談に乗るから、何かあるなら話してほしいと言っていましたよ」と言われた。それがまずかった。

嘘なのは分かっていた。いや、正確には嘘ではなくて、何もかも話せばNのキャパシティを越えてしまうことを分かっていたのだと思う。しかしNの親身になろうとする態度に、「もしかして」と淡い期待を抱いてしまった自分がいた。

「お話したいことがあるので、時間を下さい」

翌日、三人で面談する時間を作ってもらった。

仕事を終えた彼と二日続けて駅前で会い、ファミレスで夕飯を食べた。甘え過ぎているなと思った。

 

*   *

 

決戦の金曜日、13時の約束に30分も遅れてしまった。

「僕13時って、言いましたよね……?伝え間違ってましたか……?」

エレベーターの中で、派遣の担当が戸惑いながら遠慮がちに問いかけてきた。その理由もこれからお話しますから。そう心でつぶやいた。

小会議室でNと正面に向かい合い、僕の左横に担当が着席した。

「どうした。話があるって」

研修についていけないこと、Tの言動に傷ついたこと、休んでしまった経緯をつまびらかに説明した。Nはそれを聞くと「そうか、それはすまなかったな」と謝った。

その辺でやめておけばいいものを、流れでADHDについても告白してしまった。すると待ってましたと言わんばかりに、Nは自分の娘のことを話し始めた。

「うちの娘もな、実は障害があるんだよ。50円玉3枚渡して、自販機でコーヒーを買ってくるように頼んでも、買えないんだよ。頭で計算が出来てないの」

……胸が踊った。

きっとこの人は理解者だ。

受け止めてもらえる気がした。

しかし、そうは問屋が卸さなかった。

 

障害者雇用か何かで、どこか雇ってもらったほうがいいんじゃないのか」

 

瞬きをした瞬間、目の前が崖だったという経験のある人がいるとしたら、たぶんこういう気持ちになるんだろうと思った。言わなければよかったと、心底後悔した。 

障害者手帳を取得するほどのレベルではないんです。仮に取得出来たとしても恐らく3級で、ADHD障害者雇用枠で採用されることは極めて難しいんです。それは診断が下ったときに詳しく調べました」

「そもそもなんで面接のときにそれを言わないんだ」

「言ったら採用してもらえないからです。それに診断されたと言ってもADHDの傾向が強いと言われただけで、今は投薬治療もしていません。なにより障害者手帳を取得したわけじゃないので、初めから申告する義務はないんです。そちらが話を聞かせてほしい、相談に乗るよとおっしゃったから、話しただけです」

「そうやってどんどん職を変えていけば、履歴書にだってたくさん職歴が増えていく一方だろう。どんどん雇ってもらいづらくなるぞ。逃げてないで、それはちゃんとしないと

 

………久々に人前でキレた。

 

「そんなのわかってますよ。てゆうか、ちゃんとするって何ですか?ちゃんとしてるつもりなのに、出来ないんですよ。職歴の話はごもっともですけど、僕だってそういう不安と焦りで押し潰されそうになりながら毎日必死に生きてるんですよ!あなた、発達障害について何も知らないんですね!娘さんがどんな障害だか知りませんけど、成人のADHDは微妙な症状だからこそ、ただだらしがないだけだと思われたりするんです!理解されにくいし、支援もされにくいんですよ!」

「うちの会社でもキッティングとか箱詰めの作業とかで、いずれ障害者枠を作ろうと思ってるんだ。探せば何かあるだろう。それにうちの娘だって自販機でコーヒーは買えないけど、毎日仕事には行ってるぞ。給料はうんと安いかもしれないけど。」

「どこにあるんですか?それ、どこの会社ですか!?教えてくださいよ、面接行きますから!!それにね、発達障害っていうのは育った家庭環境によって症状に大きな差が出るんですよ!愛着障害って言って、それが発達障害だと間違って診断が下るときがあるんですよ!認知行動療法弁証法って言って、自分は認知の歪みっていうのがあって!うちの家庭は幼い頃から問題が多くて、今だってのっぴきならない事情で一緒にはもう暮らせないんです!おたくの娘さんは障害があるかもしれないけど、ちゃんと愛されてるじゃないですか!ちゃんとした家庭っていうベースがあるじゃないですか!児童養護施設に預けられた悲しみを、絶望を、あなたの娘さんは知ってるんですか!知らないでしょう!?」

止まらなかった。止めることが出来なかった。悔しくて悔しくて悔しくて、怒りに任せることしか出来なかった。するとNはこう言った。

「そりゃ多少は家のことも関係あるかもしれないけど、大人になったらそんなのは通用しないだろう」

「多少じゃありませんよ。幼い頃、ちゃんと抱き締めてもらえなかった記憶は、関心を寄せてもらえなかった心の傷は、一生残るんですよ!大人になったら意識で治るなんて、そんな単純な話じゃないんですよ!」

「そりゃそうかもし」

「(相手の声を遮って)いえ、そうです!それが全てです!!あなたに何がわかるんですか!?」

隣に座る派遣の担当者は硬直し、一体今何が起きているのか、まるで理解できないといった様子だった。

「あなたこの前、僕に夢を持てと言いましたね?僕、ゲイなんですよ。付き合ってる人はいるけど、彼女じゃなくて『彼氏』なんですよ!結婚なんか出来ないんです!夢も希望もないんですよ!あんたに僕の何がわかるんだよ!!」

もう、Nは何も言わなくなっていた。

「あんたがっ、あんたが何でも相談してくれって言うからっ、勇気を出して話したんじゃないか!ちゃんと受け止められないなら、何でも話せなんて気安く言わないで下さいよ!こんなこと話さなきゃよかった………失礼します!!」

 

吐き捨てるようにして、会社を飛び出した。

分かってくれるかもしれないなんて期待したのが間違っていた。こんな重たい過去や障害やセクシャリティを、会社の上司というだけで受け止めてもらえるなんて、最初からあり得なかったのだ。家まで我慢しようと決めていたのに、駅までの途中で堪えきれずに泣いてしまった。悲しくて悔しくて、次から次へと涙が溢れて止まらなかった。通行人の視線が突き刺さる。たぶんこの日の悲しい記憶は一生忘れない。

携帯のバイブがのべつ幕無し鳴っていた。ツイッターでコメントを返した人から、続々とフォローや返信の通知が来ていたのだ。僕の記事をたくさんの人たちが見てくれていて、この時すでにヤフコメは1000件を越えていた。叩かれていたりしたけど、共感してくれる当事者もたくさんいた。生きていてよかったと思った。

帰宅後、そこから延々とツイッターで返信をした。記事を読んでもらえたことが嬉しくて、明け方まで続けた。昼間に泣きはらしたことは、思い出さないようにした。

 

*   *

 

土曜日、ゲイブログのオフ会があった。

正直に言うと、僕のタイプの人ばかりでかなり焦った。そしてなぜかテンションが高かった。前日の出来事も影響してか、暗い奴だと思われたくなかった。虚勢を張っていたんだと思う。

 

 

ファルコンさんは料理が得意だと言っていた。落ち着いた雰囲気なのに、突然IVO脱毛の話を始めて爆笑した。会うまでは人柄がまったく想像できなかったけど、すごくカッコよかったです。

りきまるさんは優しいコミック担当という感じ。盛り上げ役なのにまったく嫌味がなく、かなり接しやすかった。もっと騒がしい人だと思っていたけど、いい意味で予想を裏切られました。

ヤシュウさんはスヌーピーのような雰囲気だった。硬派で堅めの人を想像していたらまったく違っていて、のんびりとした柔らかい人だった。体が大きくて、何もかもタイプでした。

じじさんはあまりの話しやすさに、途中から敬語じゃなくなってしまった(ごめんなさい汗)二次会もずっと隣でしゃべっていた気がする。次はぜひ泊まりに来て下さい。朝までゲイトークしましょう。

AIR-Jさんは想像通り寡黙な感じで、歳のわりに落ち着いていた。たかの友梨でも通ってるんじゃないかと思うくらい肌が白くてイケメンだった。席が遠かったので、今度はぜひゆっくりお話したいです。

Dさんは見た目と雰囲気がとにかく渋く、ダンディズムを感じずにはいられなかった。お説教とかされちゃうのかな、なんて勝手に思ってたけど、全然そんなことありませんでした。

たろさんはとりあえず耳の形が素敵なイケメンさんでした。話していてウマが合いそうだなぁと思ったので、中央線ユーザー同士、また改めて遊べたら嬉しいです。

chuckさんは身長も体も大きくて、野球選手みたいなイケメンさん。そこはかとなく漂うインテリジェンスな雰囲気は、一人飛び抜けていましたね。育ちの良さを感じました。

 

 

二次会は、りきまるさんの知っているゲイバーへ連れていってもらった。楽しかったんだけど、会って間もなくママさんが僕のことをこう分析した。

「なんていうか、油断できない感じがする」

ママさんは一見ふざけているようだけど、やはり普通の人と目の動きが違っていて、本当に人をよく観察しているなと思った。看板を背負う人間は肝が座っている。水商売はバカでは出来ないのだ。

 

日曜日、朝方帰宅すると、急激に虚無感に襲われた。

荒川の土手が僕を呼んでいる気がした。

 

 

 

年3万人の自殺者の切迫した動機のそれぞれを

食い物にする唄うたいとワイドショーの明確な類似性を

人生の気まずさを 穴埋めしたいが為の大義

すれすれにかすめてミサイルが飛んでった

  

僕らの自由とは心療内科で 僕らの自由とは承認欲求で

全ての人に優しくされたくて 傷ついた振りをしてみたりする

僕らの自由とは信仰で 僕らの自由とは唯物論

全て人のためだと言い聞かせて 奪い合っていたりする

(amazarashi「ミサイル」2013年)