聞き屋のたぬ吉

相席をした彼の名は悲しみ

発達障害ブームの功罪(2)

かくしてADHD寛解へ向けて服薬を始めた僕でしたが、異変はすぐに起こりました。薬を飲んだ初日からまったく眠れなくなってしまったのです。

 

その日彼は海外旅行中で、家には誰もいませんでした。僕は日中出掛けていたんだけれど、少し頭の中が曇ったような不思議な感覚が続いていて、 そのとき何を考えていたのかまったく思い出せません。

 

そして夜になっても眠気や疲労感を一切感じないので、ふと体を動かせば眠れるかもしれないと思い、一人でボウリング場へ向かいました。

 

気付いたら14ゲームくらい投げていました。

午前三時、僕以外のレーンでは大学生グループたちの盛り上がる声が響いている。あれ、自分、何やってるんだろう。この期に及んでまだ眠くならないし、体もあまり疲れていない。何だか、覚醒してるみたいだ……。

 

結局その日は帰宅しても眠れず、その明くる日も一睡もできませんでした。三日目以降も僅かな時間まどろむ程度で、まるで不死身の体になったように起き続けていました。

 

それまで当たり前のようにあった睡眠欲の一切を奪われた僕は、いつになったら眠りにつくことができるのかわからなくて、不安で不安で、気が触れそうになりました。あまつさえ頭の中から「ミシミシッ」とか「ブチブチッ」という音が聞こえてきて、時折体が何者かに乗っ取られたような感覚に襲われました。

 

眠るって、どんな感覚だったっけ……。

相方の寝息を聞きながら、日増しに賑やかになっていく孤独たちと、ただひたすら戦っていました。

 

*   *

 

服薬と同時に、不注意を減らす工夫もしました。

玄関の扉には薄いホワイトボードを貼って、持ち物やスケジュールなどをマジックで大きく書き込みました。約束ごとや買って帰らなければいけないものなどは、相方にラインや電話で直接リマインドをお願いしました。

 

部屋が狭いのもあったけど、とにかくいろんなところに体をぶつけるので、物の配置を変えたりもしました。

 

肝心の薬はと言えば、ハッキリした効果が現れているのかどうかもよくわかりません。ただなんとなく、思考が鈍くなったような気がして、少しだけ話すスピードが落ちたように感じました。最初は慣らす意味合いもあるから、40mgから飲み始めて、最終的に120mgまで増やしていくと担当医師から説明を受けていました。

 

実はADHDストラテラによる投薬治療は、症状の完治を目的としていません。それは脳の構造上、完全に正常な状態になるということは不可能だからです。

 

では薬を飲むことの意味は何でしょうか。それは、薬によって症状が抑えられている間に小さな成功体験を積み重ねることで、自分もやれば出来るんだという自信を取り戻すというものです。ADHDに一番必要なのは、本来あるべきはずの自信を取り戻し、健全なアイデンティティを確立することなのです。

 

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そして最終的には薬に頼らず、その積み上げた成功体験をベースに日常生活を送れるようにすること。これが理想的な治療方法だと言われています。

 

*   *   *

 

カウンセリングを担当してくれたのは、ジェンダーの問題にも詳しい女性の先生でした。年齢は見た目的に自分よりも少し上くらいだったと思います。

基本的には「最近どうですか?」としか聞かれず、日常のことを一方的に話しました。あれが出来た、これが出来なかった、相方とケンカしてしまったなど、できるだけ詳細に時系列で語り、薬をもらって帰る。ただただその繰り返しでした。

 

そして、そろそろ薬の用量を増やしてみましょうと言われ、ストラテラを80mgにしたとき、決定的な副作用が起こりました。脳が締め付けられるというか、ぐわっと萎縮していくような気持ち悪さが一日中続くのです。

 

(このままじゃ、薬に殺される……。)

 

脳内で響くブチブチッという音もどんどん激しさを増していって、これはもう本当に無理だと思いました。

 

相方「体調どう?大丈夫??」

「もう、薬飲むの止めようと思う……。」

 

この時まともに眠れなくなってから2ヶ月弱、すでに僕の体は限界に達していました。

 

(続く)