聞き屋のたぬ吉

相席をした彼の名は悲しみ

発達障害ブームの功罪(1)

どんなに医学が発達しても、人間が生まれ続ける限り、人口の約2%は障害を持った子供が生まれてくる。それはなぜかと言うと、 その子の周りにいる人たちに優しさや思いやりという、人間にとって一番大切な心を教えるために神様が与えて下さるからだ。

彼らは神様からの贈り物なのだ。

(NPO法人スペシャルオリンピックス日本名誉会長:細川佳代子)

 

*   *   *

 

いてもたっても、いられなかった。

 

実はこの内容については自己の核心の部分に触れるというか、心の深淵を覗き込む大掛かりな作業のため、長いこと推敲しているテーマではありました。以前書いた記事の中でも少しだけ触れたことがあります。

 

tanukichi.hatenadiary.com

 

他の方がADHDをカミングアウトしていたので、僕も当事者としてリアルな声を綴ってみようと思います。

 

もしかすると察しのいい方は、今回のタイトルからおおよその着地点が予測出来るかもしれません。

 

*   *

 

三年前の夏、僕はADHDの診断を受けました。

日本での正式名称は注意欠陥・多動性障害。いわゆる脳の発達障害と呼ばれるものです。


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詳細はいろいろなサイトに載っているのでそちらに譲りますが、よく言われているのは忘れ物が多かったり、うっかりミスが多かったり、衝動的に行動をしたり。集中力や落ち着きがなく、特に成人の場合は程度によって挙動不審に思われてしまうこともあります。

一口にADHDと言っても人それぞれ表出する症状が異なっていて、そのレンジの広さゆえに診断を下すのが難しく、とても扱いづらい障害なのです。

 

きっかけは『ドラえもんに学ぶダメな人の伸ばし方』という本を読んでいたときのこと。各キャラクターの性格分析の中に「のび太ADHDの特徴がある」というくだりがあって、気になって調べてみたところ、自分もその症状が怖いほど当てはまっていたのです。

 

「ドラえもん」に学ぶ ダメな人の伸ばし方

「ドラえもん」に学ぶ ダメな人の伸ばし方

 

 

それまでの僕は学生時代から人間関係がうまくいかず、一度たりともまともに友達が出来たことはありませんでした。仕事も覚えが遅い上に集中力が無く、些細なことですぐに人と衝突してしまうので、正直何度転職したか、もう覚えていません。

 

なぜ「普通」にできないのか。

 

ずっと、ずっと、悩んでいました。

 

*   *

 

その日の夜、仕事から帰宅した相方に真っ先に相談しました。

 

「もしかすると自分はADHDという発達障害かもしれない。もしそうならちゃんと治したいから、いろいろと協力してほしいんだ。」

 

そんな僕の鬼気迫る表情に、彼も二つ返事で協力を快諾してくれました。

 

「今度こそ、まともになれるかなぁ……。」

相方「大丈夫だよ、やれることはやってみよう?」

 

それからしばらくは二人でいろいろな書籍や関連動画を見たりして、障害について調べました。彼も昼休みの時間を使って「こんなサイトがあったよ」「このブログ、参考になるんじゃないかな?」と、良さそうな情報を見つけてはすぐに共有してくれました。

 

しかし残念ながら、日本国内では成人のADHDの専門医は非常に限られているという現実も知りました。

 

根気よく調べた結果、その中から特に信頼出来そうだった、昭和大学附属烏山病院の加藤進昌先生に診察を依頼することにしました。

 

加藤先生は国内の成人ADHD研究に尽力していて、発達障害医療研究所長という肩書きも持つ、初診予約二ヶ月待ちのベテラン医師。電話で予約した際「幼少期の様子を知っている方と一緒に来院してください」とのことだったので、仕方なく実家にコンタクトを取り、二ヶ月待ってから相方と母親と三人で病院へ出向きました。

(この電話予約も朝から二人で30分ほど粘って、ようやく繋がったのです。)

 

数回に渡る診察の結果、ADHDの疑いが強いだろうということで、まずは使用する薬が高額のため、自立支援申請というものを役所に提出に行きました。この申請が通ると毎月の支払い額の上限が二千円程度になるのです。

 

しばらくして申請が通ると、カウンセリングと並行していよいよ投薬治療が始まりました。

 

今現在日本で成人のADHDに処方される薬は、ストラテラコンサータという二種類があります。それぞれ効き目が異なるのですが、僕はストラテラという真っ青なカプセルの薬を処方されました。

 


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そしてこの薬が後に僕を苦しめることになるとは、この時は知る由もありませんでした……。

 

 

(続く)