聞き屋のたぬ吉

アラサー会社員たぬ吉の、心のスキマを埋める旅

ネットワークビジネスの女

白鳥は哀しからずや

空の青 海のあをにも

染まずただよふ

 

 *  *

 

北風が冷たく吹きすさぶ三月中旬、牧水の短歌のごとく、街に溶け込んでいるのか、いないのか。午後八時、某駅前のデッキは家路へと急ぐ人々で溢れ返っていた。

看板を出して、ふと右上の街頭ビジョンに目をやると、知らないお笑いコンビがテンションの高い漫才を披露している。

 

「足立区あるある!砂場の中から麻雀牌!!」

 

上手いこと言うな、と思った。こういうギリギリのところを攻めてくる感じ、嫌いじゃない。ずいぶん前に流行った、レギュラーのあるある探検隊のノリに近いかもしれない。

お笑いにはめっぽう疎いけれど、自分はどちらかと言うとマイナーなピン芸人のほうが好きだったりする。ゴー☆ジャス牧野ステテコ、ぺよん潤。売れていない芸人ほど、なぜか応援したくなってしまう。

 

麻雀牌の芸人が地味に面白いので、聞き屋そっちのけでモニターに気を取られていると、いつの間にか妙齢の女性が看板を見て立ち止まっていた。

 

タヌ「あっ、すいません気がつかなくて。」

女「聞き屋って、何聞いてくれるんですか?」

タヌ「世間話でも何でも聞きますよ。」

女「面白いことやってますねぇ。」

 

お約束の質問をかわすと、彼女は少し自分の話をしてくれた。名前はKさん。なんでもつい最近沖縄から上京したばかりで、隣駅で営業の仕事をしているのだと言う。人見知りしない性格で、気になる人がいると自分から声をかけてしまうらしい。

 

女「ちょっと今日は時間がなくてアレなんですけど、もしよかったら連絡先とか聞いても大丈夫ですか?」

タヌ「あぁ、いいですよ。」

 

後日時間のあるときに、改めて話を聞いてほしいのだと言う。取り急ぎラインを交換すると、「またご連絡しますね」と言って爽やかに去っていった。

この頃はまだ活動を始めたばかりで、お客さんとの距離感がいまいち掴みきれていなかった。聞き屋のツイッターもブログも開設してなかったから、連絡先を聞かれたら気軽に教えていたけれど、今思うと少々無防備だったのかもしれない。

この日は他にもナンパのお兄さんや高校生の男の子がやって来て、いろいろと面白い話を聞かせてもらった。あっと言う間の二時間だった。

 

 *  *  *

 

後日、例のK氏から連絡があった。

ところがドタキャンが二度も続いた挙げ句、よくわからない飲み会に誘われ、かなり困惑した。

 


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何が楽しくて赤の他人の職場のBBQに参加しなくてはならないのだろうか。しかもお店ではなく個人宅。とてもじゃないけどハードルが高すぎて、丁重にお断りした。

しかし彼女はめげない。

その後三度目の正直とばかりに聞き屋をしてほしいとの依頼があり、仕方なく駅前のパスタ屋で昼食も兼ねて会うことにした。

 

 *  *  *

 

約束の時間に落ち合うと、何だか街頭で会ったときよりもえらく雰囲気がしっとりしている。気まずい。多少でも異性として意識されるのは困るので、早々に打ち明けることにした。 

 

女「あ、そうだったんですね~。」

 

意外にすんなりと受け入れてもらえたので、一安心。悪い人ではなさそうだ。

世間話もほどほどに、ランチをとりながら話題は昨今の経済情勢に。

 

女「今ってコンビニとか居酒屋とか、店員の半分くらいが外国人じゃないですか。数年前、こんな状況って考えられなかったですよね。」

タヌ「低賃金で労働力を確保できるから、使い勝手がいいんでしょうね。新宿駅前のユニクロなんかでも、日本語の通じない外人さんがたくさん働いてますし。」

 

話の流れで、少し前に観たドキュメンタリー映画の話をさせてもらった。縫製工場の倒壊事故や、劣悪な労働環境で働く人々の苦悩など、ファッション業界の裏側で起こっている様々な問題を取り上げた作品だ。

 


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すると彼女は言う。

 

女「私もそういうのはかなり問題だと思っていて、できるだけフェアトレードのものを買うようにしてるんです。値は張りますけどね。」

 

フェアトレードとは恐れ入った。

国際問題にある程度関心がないと普通はそこまで出来ないし、意外と教養のある人なのかもしれないと思った。いろいろな話が出来るあたり、さすがは営業職だ。

そして流れで互いの仕事の話題になり、人間関係っていろいろありますよね、なんていう会話をした、その時だった。

 

女「権利収入ってわかります?」

タヌ「……は?」

女「権利を持つことで、本職とは別の収入が毎月入ってきたら、ずいぶんと生活が楽になりますよね。」

タヌ「はぁ。」

 

突如それまでと関係のない話が始まり、面食らってしまった。

 

女「会社勤めが不向きだと言ってたので、ゆくゆくはそういったものにシフトしていくのも手だと思うんです。」

タヌ「はぁ。」

女「会社勤めから解放されるって、すごくメリットだと思うんですよね。その分違うことに時間を使えるじゃないですか、趣味とか、旅行とか。」

 

そう息巻くK氏は、それまでと目の色が違っていた。どうやら呼び出した理由はこれのようだ。二度のドタキャンも、怪しい飲み会の誘いも、全てが一つの線で繋がっていく。

そういうことならと、こちらもネタとして聞かせてもらうつもりで開き直った。

 

女「〇〇〇〇〇ってご存じですか?」

タヌ「えぇ、知ってます。」

女「もしかして〇〇〇〇〇ってマルチなイメージがあるかもしれないんですが、実際はすごく大きな会社で、全くそういう感じではないんですよ。正確には連鎖販売取引と言って……」

 

業界では国内最大手のA社。“五文字”である。

正直A社にはダーティなイメージしかなく、説明を聞いていて何度も苦笑する場面があったので、こちらの感情が伝わっていないはずがなかった。しかしそこは想定の範囲内なのか、話を引っ込めるどころか、ますます熱気を帯びていく。

要するによくあるマルチまがい商法で、A社の商品を周囲に勧めて会員を増やし、枝下を作れば作るほど手数料で勝手に儲かるという、単純かつ“幻想的な”システムの説明だった。早い話、こちらがその商品を購入すれば、真っ先に得をするのは他ならぬ彼女自身である。中学生でもわかるようなお為ごかしに、おいそれと引っ掛かるわけにはいかない。

 

女「どうせ使う日用品なら、還元率が高いほうがお得に買い物が出来ると思うんです」

タヌ「マツモトキヨシで間に合ってますので」

女「ぶっちゃけて、ここまでの説明で多少は興味持ってもらえましたか?」

タヌ「いえ、まったく……。」

 

徹頭徹尾頑なに拒否し続けると、ようやく落ち着きを見せ始めた。

 

女「そうですかぁ。そしたら他の方に勧めるとき、どうしたら興味を持ってもらえるか、一緒に考えていただけませんか?」

タヌ「うーん、どうなんでしょうね。」

 

質問の主旨がずれたとはいえ、困惑する自分をよそに、K氏はなかなか引き下がろうとしない。

終いには翌日の夜に改めて時間を作ってほしいと懇願する始末。なんだか可哀想なので、仕方なく了承してしまった。会社の資料を見てもらいたいのだという。

 


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 *  *  *

 

翌日、再びカフェで待ち合わせをした。

時間通りに現れたA氏は、やけに明るい。

 

女「そういえばたぬ吉さんは、学生時代なにか部活とかやられてました?」

タヌ「美術部に入ってました。部員の半分くらいは部室で漫画読んでるだけでしたけど。」

女「漫画好きって言ってましたもんね~。」

 

記憶違いも甚だしい。自分は漫画やアニメといった類いのサブカルチャーにまったく興味がないので、そんなことを言うわけがない。気を使ってのことなのだろうが、こちらに過剰に合わせているのは明々白々。どんどん生理的に受け付けなくなっていく。

 

カフェに入って飲み物を注文する。

先方の都合で二度目の時間を割いているあたり、通常は奢りになる可能性が高い。先会計だったので、「ここは私が」という一言を期待していたが、彼女の口からその言葉が出ることはなかった。

 

会計を注視していると、ホワイトカフェモカにクッキーも付けて、850円也。自分は仕方なく400円の紅茶を頼んだけれど、本当なら一銭も使いたくない。

ちなみに前日、K氏はメニューの中で一番高いパスタセットとピザを注文して、1500円ほど支払っている。対する自分はと言えば、500円の一番安いランチセット。外食にお金を使うのはいいけれど、ちょっとしたことで相手の金銭感覚というのはわかるものだ。

 

女「カタログ持ってきました!」

 

いそいそと広げた大きめの冊子には、食材、日用品、サプリメント、調理器具などいろいろ載っていて、取り扱う商品は予想以上に多かった。しかしそれを広げられたところで、一体どう反応しろと言うのか。

 

女「何か興味のあるものありました?」

タヌ「特にないですねぇ。」

女「私も最初はこういうのアンチだったんで、アレルギー起こす人の気持ちはわかるんですよね。」

タヌ「じゃあなぜ始めようと思ったんですか?」

女「お化粧品とか天然由来の成分にこだわってて、すごくいいものだと実感したのと、それを勧めることで自分にお金が入ってきたら、一石二鳥じゃないですか。」

タヌ「なるほど、そうなんですね。」

女「ビジネスとしてではなくて、自分が使うためだけに商品を購入する方もいらっしゃるんですよ。」

 

たしかにどの商品を見ても、原材料などこだわりが感じられるものばかりだけど、いかんせん値段が高すぎる。こんなものを直接知り合いに売り込んでいくなんて、自分にはとても無理な芸当だ。

 

女「どう勧めていくのがいいんでしょう?」

 

(いやいや、だから昨日ラインでこの件について何もアドバイス出来ないって言ったじゃないですか!アンタが売りたきゃ勝手にやってくれよ!!)

他力本願もいい加減にしてくれと、煮えくり返るはらわたをどうにか抑えつつ、言葉を絞り出す。

 

タヌ「自分がいいものだと自信を持っているのなら、根気強くコミットしていくしかないんじゃないでしょうか。 (自分はこれ以上付き合えません)」

 女「なるほど、たしかにそうですよね。」

 

 

その後も入会を促すための不毛な会議は続き、次の予定があったため30分ほどで強制終了と相成った。にこやかに見送りはしたものの、なぜ彼女が最後まで笑顔でいられるのかが本当に理解できなかった。

 


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その夜お礼のラインが来たけれど、社交辞令もほどほどに、このやり取りを最後にブロックさせていただいた。

 

 *  *

 

他人にどう思われるか、ということを気にしない人間は図太い。ある意味メンタルが強いのだろうけど、悪く言えば鈍感で、心の機微や行間を読み取る能力は皆無と言える。自分のためにお金はいくらでも使えるけれど、他人にはビタ一文使わない。そんな利己的な姿を目の当たりにして、世の中には本当にいろんな人がいるんだなと、大変勉強になった。理解出来ない自己中な言動に、むしろすがすがしささえ覚えるほどだった。

 

帰り際、聞き屋を有料にしてはどうかと助言を受けた。お金に執着のある彼女にしてみれば、こんな一円にもならない活動にも、それなりに意味があるなんてことは想像だにしないのだろう。

 

お金で買えない幸福の存在を、彼女はまだ知らない。