聞き屋のたぬ吉

アラサー会社員たぬ吉の、心のスキマを埋める旅

常識を疑うこと

「お話、何でも聞いてもらえるんですか?」

某所某日、遠慮がちに話しかけてきたのは、ぱっと見で20代半ばくらいだろうか。並んで歩いたらこちらが死にたくなるような小顔で長身痩躯のイケメンだった。

「はい、よかったらどうぞかけて下さい」

折り畳み椅子を差し出すと、ども、と小さく会釈をして腰掛ける。どこか控えめな印象なのは猫背のせいかもしれない。

「んー、どこから話そう…」

「時間はありますから、ゆっくりでいいですよ」

ほっとしたような笑顔を見せると、少し考え込んでから徐に語り始めた。

「実は彼女との関係のことなんですけど、ちょっと特殊だから友達とか身近な人にはあんまり言えなくて……。けっこう面倒な話なんですけど大丈夫ですか?」

「そんな人のための聞き屋ですよ笑」

「ほんとですか。誰かにずっと話したかったんですけど、まったく関わりの無い人に聞いてもらう機会ってなかなかないじゃないですか。そしたらたまたま聞き屋の看板を見つけて、どうしても気になって。しかもお兄さんすごい優しそうだからよかったです」

「えーそんな、こちらこそ来ていただいてありがとうございます」

よほど溜め込んでいたのか、聞き屋をこんなにありがたく感じてくれる人に会ったのは久しぶりだった。

「彼女って言ったんですけど、その子にはもう一人別の彼氏がいるんですよ」

「二股ってことですか?」

「二股ともまた違うんですよ。んー、説明が難しいんですけど、その子を二人でシェアしてるって表現が正しいかな。僕も彼女に別の彼氏がいるのを知ってるし、相手も僕の存在を知ってるんです。変わってますよね」

一部にそういう人たちがいるのは知っていたけど、実際に相談を受けたのは初めてだった。

「いわゆるポリアモリーってやつですね」

「ポリアモリーって何ですか?」

「付き合う相手を一人に限定せずに、複数の人と同時に関係を持つ恋愛スタイルのことをそう呼ぶらしいです。不倫とか浮気と違って、全員がその関係に合意してるところがポイントみたいで」

「そんな言葉あるんですか。そうだとしたら自分らは完全にそれかもしれないです」

ポリアモリーとはアメリカ発祥の造語で、ギリシャ語で「複数」を意味するpolyと、ラテン語の「愛」を意味するamorが語源とされているらしい。かく言う自分もこの言葉を知ってから日が浅く、まだまだ日本で浸透する気配は感じられない。

「話の腰を折りました、すいません。それでどういった経緯で今の関係に落ち着いたんですか?」

「いえ、大丈夫です。まぁ、その彼女は会社の同期で、入社したときから可愛い子だなぁとは思ってたんですけど、彼氏さんいるって聞いてたんでさすがに手が出せなくて。でもあるとき軽い飲み会があって、それがわりと早めに終わったんで二人で飲み直すことになったんです」

「はいはい」

「普段からランチ行ったりするんで、いろんな話はしてたんですよ。でもその日はぶっちゃけトークになって、彼氏さんが変態だって話を始めたんです。けっこういろいろと要求してくるから大変だとか何とか。でもそんなこと言いながら彼女もやぶさかではない様子だし、僕も聞かされて興奮しちゃって。異性にそんなこと話すって、普通なかなかないですよね?」

「あんまりないかもしれませんね」

「ですよね。まるで誘ってるみたいで、僕にもワンチャンあるんじゃないかって勘違いしちゃって。結局その日うちに泊まることになって……」

 「まぁ、そうなりますよねぇ」

「しばらくはコソコソ会ってたんですけど、いろいろあって彼氏さんにバレまして。先方が一回三人で話したいって言ってきたんですよ」

「それはキツイですね、、」

「その時点で彼女のこと好きになっちゃってたんで、勇気出して会うことにしたんです。仕事終わりに相手の家に行ったんですけど、全然怒ってるとかじゃなかったんで拍子抜けしちゃって。でも自分の気持ちは正直に伝えようと思って、玉砕覚悟で彼女が好きだってことを言ったんです」

「思いきりましたねぇ」

「それを受けて、彼氏さんが彼女に、自分はどうしたいん?って聞いたんですよ。そしたらすごい意外な答えが返ってきて」

「なんて返ってきたんですか?」

「選べないって言うんです。僕のほうが浮気相手だったわけだから、当然フラれると思ってました。でも彼女は、すごいわがままだけどどっちのことも好きだから、一人だけに決めてどっちかの関係を清算するなんて考えられない、って」

「なるほど」

わがままな女ですね、と喉元まで出かかったが引っ込めた。

「それはそれですごい嬉しかったですよ。ただ、じゃあこれから先どうするかって話になるじゃないですか」

「なりますね」

「最終的に彼女の結論は、どっちとも付き合っていたいってことだったんです。自分としては初めから相手の存在を知ってたんで、今までの関わりと実質変わらないのかなって。むしろ気兼ねなく会えるようになるし、彼女がそうしたいならそれもアリなのかもって思って」

「なるほど、それで先方はなんと?」

「元々そんなに束縛するタイプでもなかったみたいで、一回それでやってみようかってなって。ただ、条件があるって言われて。何だと思います?」

絶妙のタメに、思わず前のめりになる。

「目の前で見せてくれって言われて」

「ははぁ……」

「まぁ、見せましたよね、人前でなんて初めてでしたけど」

彼女が寝取られるのを見たいという男性は意外と少なくないらしい。こういう相談は以前あったのでそこまで驚かなかったけど、なにより初対面の自分にここまでつまびらかにできる彼の純粋さに感心すると同時に、彼女と関係を維持するにはそれしか方法がなかったんだろうなと、聞いていて切なくなった。

しかしそんな安い同情は単なる偏見でしかないことにすぐに気付かされる。

「そんな感じで始まった関係だったんですけど、もしかしてすごいいけないことしてるんじゃないかって考えちゃうときがあるんです」

「どうしていけないと思うんですか?」

「周りに言えないってさっき言いましたけど、一人だけ仲の良かった友達にそれとなく話したことがあるんですよ。そしたらまぁ、無自覚なヤリマンだの、メンヘラのビッチだの、彼女のことボロクソに言われまして。なんでそんな奴のわがままに付き合うんだって」

「受け入れてもらえなかったんですね」

「はい。でもそれって価値観の問題じゃないですか。僕は彼女の意思を尊重したいだけなんです。それって心が広すぎるんですか?常識って何なんでしょうね」

そう憤る彼の表情には、嘘偽りがない。

「僕もセクシャルマイノリティーなので、周りと違うってだけで虐げられる人の気持ちはよく分かります。」

全ては自己欺瞞だったことに気付き、今になって独占欲が顔を出して悩んでいる……という話にシフトするものだとばかり思い込んでいたけれど、そうではなかった。というより、そもそもそんな関係は最初から成立しないだろうという先入観があった。うんうんわかります、でも結局はモノアモリー(同時期に特定の相手とのみ恋愛関係を持つライフスタイル)が本来のあるべき姿なんですよね、と上から目線で寄り添おうとしている自分がいたのだ。それはまるで同性を好きになるという感情を「それは好きなんじゃなくて尊敬とか憧れに過ぎない」と端から決めつけて諭しにかかる理解のないノンケと同じ思考回路だということに気付き、猛省した。

彼は一般世間から見て特殊なこの関係をどうしたら周囲に受け入れてもらえるのかという視点で悩んでいるだけで、彼女に振り回されているという意識は皆無だった。ただ単純にポリアモラスな関係を理解されたいという彼の嘆きは、自分のようなセクシャルマイノリティーが社会的権利を主張するそれと本質は何ら変わらない。ただ、LGBTでさえここまで来るのに長い年月を要しているのに、それに伍してポリアモリーというライフスタイルが一定の理解を得るには、今の日本ではあまりにも風当たりが強いのではないかとも思った。そもそもLGBTですら本当の意味で理解なんか深まっちゃいない。単なるマーケットとして消費されている商業ワードだと誰かが言っていたけど、本当にその通りだと思う。

彼とは恋愛以外にもいろんな話をした。あらゆることに対して柔軟な考えの持ち主だということがわかり、こちらの身の上話なんかもしてしまって、いつの間にか彼が聞き屋になっていた。奢るんで一杯どうですかと誘われてお酒が飲めないと断ると、食事に行きましょうと誘われ、いろいろとご馳走になってしまった。本当に優しい青年だった。

パートナーシップとはなにか、その姿はどうあるべきなのか。それは本来、当事者の間で決めるべきものだ。恋愛はモノアモリーじゃないとダメで、それがもっとも美しく価値があるものだと、一体誰が決めたのか。僕らが生きる今の日本の社会では、無意識に多くの物事にバイアスがかかっているように思う。

みんなが生きやすい社会を実現するためには、常識を疑うという作業から始める必要があるんだと改めて気付かされた、貴重な対話だった。