聞き屋のたぬ吉

矛盾の総和が人生だ

【小説】タピオカ禁止法(最終回)

  タピオカワールドが爆破される、死傷者50人以上か

 

 東京タピオカワールドはたしか先週末、渋谷区に期間限定でオープンした謎のテーマパークだった。チケットは予約開始と同時に即完売で、オープン初日にはつい最近タピオカ大使に任命されたという人気タレントのディーン・タピオカ氏が来場し、大盛況だったと話題になっていた。

 

 まさか、そんな場所がテロの標的にされてしまうとは、一体全体どういうことなんだ。

 

「そうだ、こういうときこそ」

 

 例のSNSで〝タピオカワールド〟と検索すると、現場近くにいた人が撮影した動画がちょうど一分前に上がっていた。「何だこれぇ……」撮影者の動揺した声とともに映し出されたのは、黄色いバリケードテープ越しに見える、オレンジ色の炎に包まれた二階建ての建物だった。

 

 警視庁 立入禁止 KEEP OUT ガラスの割れる音 もうもうと立ち上る黒煙 悲鳴 子どもがまだ中に 警視庁 立入禁止 KEEP OUT 小走りの警察官 危ないですから下がってくださぁい パトカー 救急車 けたたましく鳴り響くサイレン 警視庁 立入禁止 KEEP OUT 煤 這々の体で屋外へと逃げ出す人々 消防車 やじうまのどよめき テレビで絶対に映せない状態の人 警視庁 立入禁止 KEEP OUT お願い早く テレビカメラ 報道陣 スマホを向ける人 スマホを向ける人にスマホを向ける人 ヘリコプター 一〇二五件の再生 警視庁 立入禁止 KEEP OUT

 

 胸くそが悪かった。何でよりによってこんなときに、こんな事態を〝知らされ〟て、こんな映像を〝見せられ〟なきゃならないんだ!?

 

 俺はスマホを地面に叩きつける。ふりをする。スマホを掴んだ右手を振り上げて遠くへ放る。ふりをする。むかし見たドラマのワンシーンみたいに、いっそケータイを真っ二つに折って壊して、ひと思いに遠くへぶん投げたりできたらどんなにか良かっただろう。

 

 でも、いま俺が手にしているのはスマホであってケータイじゃなかった。握りしめているのはGoogleで、LINEで、YouTubeで、そうした複雑怪奇でバカバカしいシステム世界の総和であって、それはもう単なる携帯可能な電話機としての存在なんかじゃなかった。

 

 損得勘定が現実と妄想を査定する。壊す? 捨てる? とんでもない、却下だ。

 

 スマホを手放すことで生じると予測される、あらゆる面倒ごとや損失の数々──それらはこのもっとも純粋であるはずの破壊衝動すら、とっくに凌駕してしまっていたのだった。

 

 陽は沈み、背後に薄ぼけた宵闇が迫っていた。俺はスマホをポケットにしまい、意を決して角を曲がる。見覚えのあるアパートがあった。彼女の住む二階の左の角部屋に電気はついていない。集合ポストを覗いてみると、二〇一号室のポストは抜き取らずに放置された大量の郵便物でふくれ上がっていた。

 

 手を伸ばしかけて、引っ込める。しばし思案する。そしてもう一度手を伸ばし、金属部分に触れる直前で再び理性が来て、やはり、引っ込める。

 

 見て、どうする? 

 知って、どうする? 

 その先の責任は、取れると思うか? 

 俺にその先の責任が、本当に、取れると思うか……?

 

 ねぇ、答えてよ、茜──。 

 

   *

 

 タピ国党の田比花孝志代表は、その秋におこなわれた衆議院議員選挙において大勢のボランティアスタッフと共に各所を走り回り、徹底したドブ板選挙を展開した結果、比例代表で見事当選し、国政への進出を果たした。

 

 それと同時に、選挙直前に起こったタピオカワールド爆破事件(通称・タピオカ事件)は言わずもがな日本中を震撼させ、国民のタピオカに対する意識を変えるきっかけとなった。そしてかつてのバブルが弾けるように、タピオカブームは終焉へと向かっていった。

 

 タピオカ事件は当初、国際的なテロとの見方で捜査が進められていた。警視庁は「国家の威信をかけて全力で捜査する所存」と息巻いたが、半年近く経った今もその犯人を特定できず、未解決のままとなっていた。それでも合計80人以上の死傷者を出したことから世論は国会にも大きく影響を及ぼし、タピ国党が公約として掲げていた例の法案が国会に提出されると、衆参共にほぼ満場一致で速やかに可決・成立した。

 

 こうして「タピオカ禁止法」はこの春から施行されることになった。

 

 一時期あれほど出店競争を繰り広げていたタピオカ屋は、今や見る影もなくなってしまっていた。一部でヤミタピオカなるものが出回っているとの噂もあるが、詳細は不明だ。

 

〝専門家〟の人たちは次に来るブームについて「タピオカの流通が法律で禁止されてしまった手前、この手の一大ブームは当面のあいだやって来ないんじゃないか」と口を揃えたように意見していた。

 

 いずれにしても街に平和が戻るのはいいことだ──と、思っていた矢先。いつものように休日に駅前を歩いていると、かつてコンチャがあった駅ビルの一角に、新たな業態の店がオープンしているのに気がついた。俺は目が悪いので、中で何を売っているのか外の通りからだと確認することができない。しかしやたらと繁盛している様子だった。

 

 まぁ、どうせ俺には関係ないことだ。そう思って通り過ぎようとしたとき、

 

「広がって立ち止まってんじゃあねぇよ! お前らみんな、邪魔なんだよう!」

 

 と、やや舌っ足らずな優しい怒鳴り声が聞こえてきた。振り向くと、自分と同年代か少し下くらいの男が店の前の客に向かって感情を露わにしていた。

 

 ちょうど見たい服があったので、その繁盛している店のあるビルに一階から入ることにした。人だかりの先に目を凝らしてみると、そこで売られているものには見覚えがあった。まさか、次はあれが流行るっていうんじゃ……。

 

 見なかったことにしよう。

 

 売り場につくと、目当ての服は最後の一点になっていた。電話して取り置いてもらえばよかった。もう、どうせ名前を間違えられる機会もないだろうから。

 

 鏡に向かって服を合わせていたら、久々に茜のことを思い出してしまった。この店には彼女と何度か一緒に来たことがあった。なぜか気まぐれを起こして、お揃いのパーカーを買ったこともあったんだっけ。

 

「オマタシマシタ、ドゾー」

 

 あの日以降もLINEの既読はつかないままになっている。俺は結局、彼女を恋愛対象として好きだったんだろうか。それとも

 

「サイズ、エムデヨロシイネ?」

 

 好きとかじゃなく、音信不通になったことで、何か大きな魚を逃したような気持ちになってしまっているだけなのだろうか。こんな事態になるのなら、さっさと付き合っておけばよかった、というくらいの。

 

「オカイケサンゼンロッピャクハチジュウマンエンネ」

 

三,六八〇万円……まさか、何か金銭関係のもめ事に巻き込まれてしまっているとか。それで拉致されて、今ごろ山奥なんかに遺体を埋められて。 

 

「ハイ、ヨンヒャクマンエンノオカエシ」

 

 駄目だ、悪いほうにしか想像できない。もう考えるのはよそう。彼女はきっと、今もどこかで生きている。というか、さっきから店員がおかしい。

 

 名札にはカタカナでグェンと書かれていた。あぁ、そういえばこの店は以前。

 

「アリガトゴザマシター」

 

 ふと右を向くと、隣のレジに見覚えのある人物が立っていた。さっき一階の店で見かけた、あの男だった。

 

「すみません、先ほどお電話をした、鉈手ともうします」

 

(了)

 

 

〈参考資料〉

「やさしさをまとった殲滅の時代」堀井憲一郎講談社現代新書

「資本主義の終焉と歴史の危機」水野和夫(集英社新書

【小説】タピオカ禁止法(10)

 またか、という気持ちになったのと同時に、ひょっとするとあの事件の犯人はSなのではないかという考えが頭をよぎった。しかし証拠はどこにもなかった。


 それに、こんなに簡単に手に入る(信用できるかどうかも怪しい)情報の断片だけで容疑者が割り出せるのなら、もうとっくに警察がマークしているはずだった。素人考えで事件が解決出来るなら、警察なんて必要ない。むしろ「T・A」の容疑者Aと友人Sがどこの大学に通っていて、本名は何というのか──そちらが特定されるほうが、たぶん早いのだろうと思った。

 


[全日本反タピオカ連合会]といくらネットで検索をかけても、それらしき情報は出てこなかった。そのかわり、ページのトップに表示されていたのは「タピオカから国民を守る党」という、最近結党したばかりらしい政党の名前だった。

 

 Aがメンバーだったというそれとはたぶん無関係だろうなと、一旦画面を閉じかけたが、その胡乱な政党名がどうしても気になって、結局はそのまま調べてしまった。


 実際、全日本反タピオカ連合会との関連性は明らかにならなかったが、タピオカから国民を守る党(通称・タピ国党)はとくだんふざけた組織という訳でなく、「タピオカ禁止法」の制定を目指してワンイシューで活動中の、あくまでもちゃんとしたマジメな政党らしかった。


 タピ国党はインターネットや街頭演説などを通じて、じわじわとその支持を広げているという。YouTubeにも数年前から定期的に動画を上げているようで、再生すると田比花(たぴばな)孝志代表の、普通にしているはずなのにちょっと笑って見えるような独特な表情がスマホに大写しになった。

 

 ホワイトボードの前に立ち、拳をぐっと握りしめ、癖のある節回しでもってタピオカへの持論を熱く語っている。そのシルエットはどこかで一度見たような、もしくは誰かに似ているような気がしたのだが、それがいつの、誰のどういう記憶だったかは思い出せなかった。


 一方で、Aが所属していたという例の組織はSNSなどにもいっさい情報が出回ってなくて、自力ではこれ以上調べようがなかった。単なる周囲の噂話か、もしくは悪意ある誰かの適当な作り話だったのかもしれない。


 だから、というと言い訳のようだけれど、俺の興味は順調にこのタピ国党へと移りつつあった。単純だとは思うけれど、田比花代表の、あの視聴者をアジテートするような動画を見ていたら、俺の中のタピオカに対する憤りが再燃したようだった。

 

 タピ国党は間もなくおこなわれる衆議院議員選挙に向けて、いよいよ本格的に始動するところだという。

 

   *

 

「干渉はしないようにしよう」と彼女は言った。

 

「そうだね」と俺は返した。


 出会ったばかりのころに交わしたその会話は、深読みさえしなければ、さっぱりした付き合いを望む人間特有の単なる予防線に過ぎなかった。でも、彼女の言うそれは少しニュアンスが違うような気がした。その言葉が、純粋に無関心でいてほしいのではないということくらい、俺には容易に想像できた。

 

 本心では干渉の少し手前くらいの、ギリギリ煩わしくない程度の興味だとか関心──そういうものをうまいこと自分に向けてほしかったのだ。それは俺の中で確信を持って言えるほど、極めて真実に近い推察だった。


 彼女はさびしさと向き合わないように、常に工夫を凝らしているみたいだった。「さびしい」と言ってしまったら、押し殺していた感情が堰を切ったように溢れ出すから、そうならないよう細心の注意を払いながら生きていたのかもしれない。

 

 本当の感情に気づかないふりをすることを、むしろ生きがいにしているんじゃないかというほど、彼女はよく出来たポジティブを身に纏っていた。さびしさを基準に生きる人間は、同じ性質を持つ人間に異常なほど敏感だった。


 彼女が求めていたのは孤独だと思う。精神的な安らぎだとか、そういう〝不安定〟な類いのものでは絶対になかった。圧倒的な孤独を感じたかったのだろう。だから何度も何度もセックスをした。人と人はどう足掻いたってひとつになんかなれないってことを、ふたりで嫌というほど繰り返し確認し合っていた。

 

 人間のさびしさのピークというやつは、カラダを重ね合わせたその刹那にこそやってくるのだ。

 

 俺たちは「恋人」という終わりの始まりをあえて選ばなかった。だからふたりはまるで最初から、付き合っているころは喧嘩ばかりだったのに、別れてからのほうがかえって関係がうまくいっている元恋人のように軽やかだった。

 

 始めてしまうことで終わりが来るのなら、いっそ何も始まらなくてよかった。


──恋人以上、友達未満。

 

 いつか茜がふたりの関係につけた名前だった。それって、ふつう逆じゃないの、と野暮なことを聞く俺に、彼女はとくに説明をするでもなく、これで合ってる、と言った。それなりに考えられた言葉なのだろう、言い得て妙だと思った。


 正直、今もこの言葉の意味はよく分かっていない。でも、俺は俺の人生において、必ずしもすべての物事を理解する必要はないのだと、やがて知ることになるのだった。

 

   *

 

 気がかりなことがあった。それはあの日以来、茜とまったく連絡がつかないということだった。


 LINEでのやり取りは八月十二日のメッセージを最後に既読がついていない。それに例の動画がバズってからは、SNSの更新も止まっているみたいだった。彼女の自宅の場所は一応知っていたから、その気になればいつでも訪ねて行けるのに、必要以上に詮索したくなくて今日の今日まで保留にしていた。


 あれからすでに二ヶ月以上が経過している。正直これまでもこういうことは何度かあった。でもさすがにSNSの更新まで止まることはなかった(さかのぼっても投稿が途切れている様子はなかった)し、既読スルーはあったとしても、メッセージ自体を読まないということは一度もなかった。だから今回ばかりは、いよいよ何かあったのではないかと本気で心配していたのだった。


 次の角を曲がれば、彼女の住むアパートが見えてくる。それなのに、そこへ近づけば近づくほど、俺の足取りはじょじょに重たくなっていく。いまさらなにを怖じ気づいているのだろう、もうほとんど目の前に来ているというのに。


 このまま引き返してしまおうか、そう思った瞬間、ポケットのスマホが振動した。ニュースアプリからの速報通知だった。

 

 つづく

【小説】タピオカ禁止法(9)

 三時になりました、ニュースをお伝えします。今日昼過ぎ、歩行者天国で賑わう東京・秋葉原の駅近くの路上で、男が通行人をトラックで撥ねたあと、次々にサバイバルナイフで切りつけました。東京消防庁によりますと十六人がケガをし、このうち五人が心肺停止の状態でしたが、男性二人が死亡しました。切りつけたのは二十五歳の男で、現場近くで取り押さえられ、殺人未遂の疑いで逮捕されました。事件発生からおよそ四〇分が経った、午後一時一〇分頃のヘリコプターからの映像です。JR秋葉原駅から北におよそ一五〇メートル離れた中央通りの交差点で、救急隊がケガをした人の応急処置をしている様子をとらえています。交差点の中央付近では人が倒れていて、救急隊員は周りを緑色のシートで囲んで心臓マッサージをしています。交差点の脇でも緑色のシートで囲んで、救急隊員がケガ人を手当てしている様子が見られます。また交差点の中には刺されて出血した痕や、鞄や書類が散乱している様子が見えます。今日午後〇時半頃、東京千代田区外神田のJR秋葉原駅近くの路上で、男が通行人をトラックで撥ねたあと、車から降りて大声を上げながら、次々にサバイバルナイフで切りつけました。現場は家電製品の量販店が建ち並んだ秋葉原の電気街で、当時は日曜日の歩行者天国で大勢の買い物客で賑わっており、東京消防庁によりますと、これまでに警察官を含め十六人がケガをし、このうち五人が心肺停止の状態でしたが、先ほど十九歳の男性と七十四の男性二人が死亡しました。警察によりますと死亡した二人の男性は、名前の漢字はまだ分かっていませんが、フジノカズノリさんと、ナカムラカツヒコさんだということです。刃物で切りつけた男は現場近くで取り押さえられ、殺人未遂の疑いで逮捕されました。逮捕されたのは静岡県内に住む加藤智大容疑者(25)で、警視庁の調べに対し「生活に疲れてやった」などと供述しているということです。また当初は暴力団員を名乗ったという情報がありましたが、その後、暴力団員ではないと供述しているということです。警視庁は通り魔事件と見て身柄を万世橋警察署に移して、犯行の状況や動機を調べています。

 

   *

 

「T・A」の犯人が逮捕されたという報道があったのは、例の動画が出回ってから一月ほど経ったころだった。


 加害者が男であるという情報は入ってきたが、名前は公開されなかった。それは彼が未成年(19才・仮にAとする)であるからだった。警察の調べによると、被害者はいずれもタピオカミルクティーを手にした若い女性だったことが判明した。Aは犯行の動機について当初は沈黙していたが、最終的には「イライラした、見ていて気に食わなかった」と話したという。


 被害、といっても先の殺人事件に比べれば可愛いもので、転んでちょっと膝を擦りむいたとか、ミルクティーが通行人にかかってしまったという程度でどうにか済んでいた。だからこそAが、なぜそんなくだらないことをしなければならなかったのか、その動機に注目が集まっていた。


 しかし本人が「気に食わなかった」以外の詳細を語らないので、世間はおよそ彼の心中を外側から推測するしかなかった。


 自分もAの犯行動機が気になって、新聞や雑誌、ネットニュースなど、この件に関する記事を片っ端から読みあさった。その中には首を傾げたくなるものがいくつもあり、ある媒体に掲載されていたコラムもその一つだった。


 いわく、〇〇年代半ば以降の日本では、それまで存在していた若い男性同士の「世間」というものがきれいさっぱり消えてしまった、その一方で、若い女性同士にはそうした「世間」というコミュニティーがいまだに根強く機能していて、タピオカブームはその最たるものだった、もしかすると加害者は、そうした現状が気に食わなかったのではないか、との分析だった。


 たとえば九〇年代までは、車や煙草、ファッションの流行など、若い男性の社会にも「これをおさえておけばまず間違いないだろう」的な分かりやすい共通項がたくさん存在した。早い話、みんな一斉に同じようなことをしていたのだ。それが今世紀に入るとインターネットが鳴り物入りで登場し、右へ倣えだった消費行動も個々に解体・細分化され、すべてにおいて効率を重視した結果、街中で起こる若い男性のムーブメントが目立って消失したという。ここまで、特に異論はない。


 問題は、そうした状況がもはや当たり前となった時代しか知らないAが、なぜああまでする必要があったのか、という点だった。


 つまり大きく捉えて〝若者世代の男性VS女性〟という対立構造を示唆しているのだろうが、Aがそれをわざわざ代表する理由が何なのか、肝心な部分が書かれていなかった。だいたいコラムの担当者が年配ということもあり、「飲食をしながら街を歩くという行動自体がみっともない」とも語っていて、それはただの後付けだと思った。

 

 他にも面白そうな分析はいくつかあるにはあったが、どれも決定打に欠けるような、分かるようで分からないようなもどかしいものばかりだった。

 


 それからしばらくして、またしても「実話ジャッカルズ」が独占スクープを報じていた。何でもAの知人を名乗る人物・K氏への単独インタビューに成功したのだという。


「Aが好きだった〝男〟がタピオカにハマってたんですよ。ハマるって言うのも、普通に飲み物として好きってことじゃなくて。女とセックスするときに毎回〝使ってた〟っぽいんです、あの例の女子大生の事件じゃないですけど」


 K氏の話を要約すると、Aはいわゆるバイセクシャルで、犯行当時、同じ大学に通うSというノンケの男友達にホの字だった。しかしSは見た目こそ地味だが、大学内でもけっこうな遊び人で知られていて、女の子のセフレもまったく片手で収まらず、その中の何人かとタピオカを使っていろいろ遊んでいた。Sはそういったアブノーマルな性癖を(未成年にも関わらず)酒の席でみずから明け透けに吹聴していて、そのおかげで周囲からはずいぶんと顰蹙を買っていたという。


「Aが若い女性とタピオカを恨んでいた理由は、たぶんそういう事情が関係してるんだと思います。それにAは〝全日本反タピオカ連合会〟のメンバーでもありましたから」

 

  つづく

【今村夏子】「こちらあみ子」の世界観と、認識しない力強さ

八月の十日を過ぎたあたりから、日中の空気がガラリと変わった。正確には季節の変わり目と言えるくらい、温度とか湿度が一気に変化した。こんなに早く秋の気配を感じたのははじめてかもしれない。

 

例年にくらべると、自分にとって今年の夏は出かける頻度が高く、花火大会とか、バーベキューとか、わりと夏っぽいイベントにも参加することができた。大阪にも遊びに行ったし、「天気の子」も見に行った。映画は想像してた内容とちょっと違ったけど、それなりに面白い作品だった。

 

僕がいま書いている小説の題材ということもあり、タピオカミルクティーもたくさん飲んだw

 

どのお店のタピオカもそこまでの違いはなかったけど、どれも総じて美味しいと思った。味そのもの、というよりも、太めのストローから黒い大量の粒々を、子供がふざけているみたいにして吸い上げるあの独特の食感が楽しかった。流行っている理由がなんとなくわかる気がした。

 

──────────

 

本もたくさん読んだ。その中で、というかここ数年の読書の中で、おそらくダントツで一番なんじゃないかってぐらいの名作と出会ってしまった。それが今村夏子の「こちらあみ子」だ。

 

 

こちらあみ子 (ちくま文庫)

こちらあみ子 (ちくま文庫)

 

 

 

今村さんは先日「むらさきのスカートの女」で芥川賞を受賞して、一気に注目を集めた気鋭の作家だ。僕は名前だけはずいぶん前から知っていたけど、作品自体はつい最近まで読んだことがなかった。

 

芥川賞の候補になるよりも少し前、小説トリッパーの春号で「むらさきの~」を読んで以来、ファンになってしまった。その後、図書館で「こちらあみ子」を借りて読んだら本気で泣いてしまって、これはぜったいに手もとに置いておきたいと思い、書店で文庫版を購入した。殿堂入りの本がまた一冊増えて、とても嬉しかった。

 

もともとは「あたらしい娘」というタイトルで太宰治賞を受賞していて、上梓するタイミングで「こちらあみ子」へ改題したのだという。それが三島由紀夫賞にも選ばれているのだから、ある意味で怪物的な作品と言えなくもないだろう。

 

 

読み進めていくうちに、終盤のほうでどちらのタイトルの意味も分かるシーンが出てくるのだけど、自分はその台詞の部分に差し掛かったとき、わぁっと泣いてしまった。

 

「応答せよ、応答せよ、こちらあみ子」

誰からもどこからも応答はない。

「応答せよ。応答せよ。こちらあみ子。こちらあみ子。応答せよ」何度呼びかけても応答はない。

 

生まれてくるはずだった「弟」と遊ぶために買ってもらったトランシーバーに、あみ子は何度も呼びかけるのだけど、壊れていて、誰からも応答がない。それでも話がしたくて懸命にしゃべり続けるその姿に、どうしようもなく胸を打たれた。

 

トランシーバーが熱かった。手は汗ばんでいた。六畳間の空間がクラスメイトたちの笑い声で満たされた。どういうことかと思ったら、そのときあみ子は泣いていたのだ。あみ子が泣くとみんな笑った。泣きかたがへんじゃと言って、指を差してげらげら笑った。でもそんなにおもしろいだろうか。自分ではわからない。

 

この物語からは終始、主人公のあみ子が世界とぶつかる音が聞こえてくる。失言が多かったり、突拍子もない行動をとったりしては周囲の人間を驚かせ、呆れさせる。そのたびに世界とあみ子の距離はぐんぐん開いていく。学校にも行かなくなり、ついには好きだった男の子に殴られて前歯まで失ってしまう。でも、歯医者には行かない。舌で歯がなくなった部分をなぞるのが楽しいからだ。

 

あみ子は自分と世界の距離を自覚しない。痛みを痛みとして受け取らないし、悲しみを悲しみとして認識しない。だから、そのズレを誰のせいにもしようとしない。なんか違うな、おかしいな、という感覚はあるにはあるが、本人は世の中へ適応できないことに悩んだり苦しんだりしない。

 

周囲とあみ子は存在している世界の位置がまったく違っている。だから、なにが「痛いこと」で、なにが「悲しいこと」なのか、その基準がそもそも周囲と一致しない。あみ子にしか分からないそれらの感覚は、作者が徹底的に「言語化しない」ことによって、読者側の感覚世界の、言葉では到達できない一番深いところに大切な何かを届けてくる。

 

あみ子の無自覚さには、いわゆる「無神経」とは違う次元の力強さがあった。それ故に、あみ子が動き回ることでエントロピーは増大し、周囲はひたすら混乱する。人と人とが同じ世界を生きることはこんなにも残酷なことなのだという虚しさがひしひしと伝わってくる。

 

あみ子も周囲も、次第に傷が増えていく。周囲はそれを痛いと感じ、声を上げ、あみ子を自分とは相容れない異質な人間と認識し、遠ざける。一方であみ子は飄々としている。あみ子は誰もが子供のころに持っていたであろう、あの独特の感性の世界でずっと呼吸をしているのだ。

 

──────────

 

僕が小学生のころ、ミニ四駆という自分でパーツを組み立てて作る車のおもちゃがあった。男の子のあいだで流行っていて、それをコース上に走らせて、誰のものが早くゴールするかを競って遊んでいた。週末になると駅前のヨーカドーのイベントスペースにはミニ四駆専用の大きなコースが設置され、たくさんの子供たちが自分で作った車を持ち寄っては交代でレースを楽しんでいた。

 


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(九〇年代半ばに人気を博した漫画・レッツ&ゴー)

 

ミニ四駆には、ひとつだけ暗黙の了解があった。それは「中学校に上がるタイミングでミニ四駆は卒業するもの」という共通の感覚だった。だから、どのイベントスペースに行っても、ほとんど小学生以外は集まっていなかった。

 

しかし、僕がよく参加していた場所に一人だけ、背の高い、異常にニコニコした表情の男の子がまぎれていたのをよく覚えている。そのとき彼はすでに中学生だった。彼は小学校を卒業してからもミニ四駆を走らせ続けていたので、そのせいで周囲からはちょっと白い目で見られていた。僕も当時、そういう色眼鏡で彼のことを見てしまっていた。

 

でも、今になってみると、一体彼の何がいけなかったんだろう、と思う。

 

成長するにしたがって、こうすべき、ああすべき、という世界のルールがどんどん増えていき、社会に出るころにはがんじがらめになっているが、それをみんなが普通のこと(大人)として認識している。それが常識であり現実であるからだ。36時間を1日として生きる、みたいなことは、もはやフィクションの中でしか許されない戯言だった。

 

でも、ときどきそういった大人の、くだらない世界に染まらずに成長してしまう人たちがいる。それが例の男の子であり、あみ子なのだと思う。

 

彼らは殺人的に純粋な存在であるが故に、ときに周囲を圧倒する。徹底的に、世界から逸脱する。だからふつうの人たちは混乱し、「違いを分からせる」ために攻撃したり、いじめたりする。彼らを「まとも」に矯正しようと躍起になる。

 

ふつうの人たちは不安なのだ。世界の秩序を乱されることが。だから排除したくなる。彼らが縦横無尽に動き回ることで、自分たちが信じている世界を全力で否定されるように感じ、それが得も言われぬ恐怖心へと変わってしまうのだ。

 

どちらが正しいといったことはない。ただ、どこまで行っても永遠に交わることがない。平行線。みんなが生きやすい、という世界を作ることは、どだい無理な話なのである。

 

──────────

 

新しい言葉が世の中にできるたび、僕らはほんのちょっとだけ何かを期待してしまう。自分の生きづらさのすべてを説明してくれるんじゃないかと、その言葉に向かって希望を託してしまう。どこかその言葉に嘘っぽさを感じながらも、自分にとって都合のいい部分だけをすくい取ろうともがいてしまう。けれど、実際には、すべてがその言葉によって説明されるわけではない。

 

仮に自分が救われたとして、たいていの場合、そのしわ寄せが誰に行くのか、というところまでは想像しない。もっともらしい理由がついて回るから、誰もまともに突っ込めない。突っ込もうとすると多様性という曖昧な言葉を、鬼の首を取ったように振りかざして周囲を黙らせてしまったりする。

 

以前読んだ田中慎弥の「冷たい水の羊」という小説でも、明らかにいじめられているにも関わらず、主人公はそれを「いじめ」と認識しないことでいじめを成立させなかった。作者はその葛藤を「つらい」という言葉を使わずに表現することで、読者へ向かって大切な何かを訴えていた。まっすぐな主張は結局意味がない、というかダサい、ということを、主人公は自覚していた。そこに孤独を背負うから、僕には彼が誰よりも強い存在に見えた。

 

そうした小説を読んで思ったのは、僕もその主人公やあみ子のような力強い存在に向かっていきたい、ということだった。

 

 

図書準備室 (新潮文庫)

図書準備室 (新潮文庫)

 

 

 

泣かないことは難しい。だから、僕はせめて「つらい」って言葉を簡単に口に出すのはやめようと思った。「つらい」とか「傷ついた」などと言うのはたやすい。だけど自分はそうした負の感情のひとつひとつを、ほかの違う、もっとていねいな言葉へと変換していきたい。できれば小説という、小さな箱の中で。

 

そうした気の遠くなるような作業を積み重ねた先には、きっと今まで見たこともないような素晴らしい景色が、僕を待っている気がするのだ。

 

「教えてほしい」

 坊主頭はあみ子から目をそらさなかった。少しの沈黙のあと、ようやく「そりゃ」と口を開いた。そして固く引き締まった顔のままで、こう続けた。「そりゃ、おれだけのひみつじゃ」

 引き締まっているのに目だけ泳いだ。だからあみ子は言葉をさがした。その目に向かってなんでもよかった。やさしくしたいと強く思った。強く思うと悲しくなった。そして言葉は見つからなかった。あみ子はなにも言えなかった。

(今村夏子「こちらあみ子」2011年)

 

 


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(8月7日、狛江・多摩川花火大会にて)

【小説】タピオカ禁止法(8)

「T・A」の検索結果のタイムラインには、他にもこれと似たような動画が複数上がっていて、翌日にはネットニュースにも取り上げられるほどだった。

 

 関連記事では聞いたこともないような名前のコラムニストが、「これは言わばルサンチマン。今までさんざんやっかみだ何だと反撃され、馬鹿にされ続けてきた〝反タピオカ勢力〟の逆襲がついに始まったんです。舐めたらアカン」と筆圧強めに解説していて、俺は内臓を絞られるような錯覚を覚えた。

 

 自分も茜のアドバイスがなければ、こうした連中と徒党を組んでいた可能性も否定できない。そう考えるとまったくの他人事ではないような気がした。


 タピオカは誰もが予想だにしなかったスピードで、深刻な社会問題となりつつあった。
 

   *

 

 バブル景気(バブルけいき、英: bubble boom)は、好景気の通称で景気動向指数(CI)上は、1986年(昭和61年)12月から1991年(平成3年)2月までの51か月間に、日本で起こった資産価格の上昇と好景気、およびそれに付随して起こった社会現象とされる。情勢自体はバブル経済と同一であり、平成景気(へいせいけいき)や平成バブル(へいせいバブル)とも呼ばれる。日本国政府の公式見解では数値上、第11循環という通称で指標を示している。

 ただし、多くの人が好景気の雰囲気を感じ始めたのは1987年10月19日のブラックマンデーをすぎた1988年頃からであり、政府見解では、日経平均株価が38,957円の史上最高値を記録した1989年12月29日をはさみ、1992年2月までこの好景気の雰囲気は維持されていたと考えられている。

 『ウィキペディアWikipedia)』

 

 

 YouTubeで「バブル」と検索すると、当時流行っていたCMやトレンディードラマの映像が複数ヒットする。上のほうに表示されたいくつかの動画を開いてみたはいいが、俺は世代ではないので、個人的に懐かしさを感じるものはほとんど見当たらない。

 

 そのかわり特別の興味を引いたのは、ドキュメンタリー番組でも何でもない、一般人(おそらく外国からやってきた観光客)がただひたすら一九九〇年頃の東京の風景を8ミリビデオで撮っているという素朴な映像だった。


 当たり前だが、ナレーションも字幕も何もない。何もないが、かえってその何もなさが、当時の街のリアルを鮮明に映し出している。マルフクのホーロー看板。歩きタバコのサラリーマン。タクシーを待つ羽振りのよさそうな若者。エレベーターガール。ココ山岡新宿駅前の路上にたたずむ靴磨き。安さ爆発みんなのさくらや。人の出入りがひっきりなしの電話ボックス。パチンコ店の派手すぎる電飾看板。森永ラブ。隙のなさそうな太眉のOLと、それを口説くのに必死な歯並びの悪いナンパ男。道路を行き交う車はそのほとんどがセダンで、窓にはスモークなんてもちろん貼られていなかった。


 統一感がある、と、ぼんやり思う。分断される以前の、全体が持つゆるいまとまりのようなもの。東京の街の隅々までいきわたった、物資主義という名の刷り込まれた価値感の申し合わせ。心なしか人々の表情は明るい。実際、全員の気分が本当に明るいかどうかは知らない。客観的になんとなくそう見える、というだけの話。


 いつだかの選挙で「日本を取り戻す」という大仰なキャッチコピーを掲げた政党が大勝したことがあった。俺はそのころ政治に興味がなく、投票にも行かなかったけれど、動画に映っていたのは、まさに「失われる」前の日本の姿そのものだった。


(何を、失ったのだろう?)

 

 祭りのあと、つまり九〇年代後半、日本経済の崩壊が深刻化する一方で、そこにはまだバブルの残り香みたいな空気がかろうじて存在していた。先行き不透明な景気の只中で、希望を完全に捨て去った訳じゃなく、もう一度大きな何かを掴める日がやって来るんじゃないか、といった、牧歌的な空気が世の中に薄く漂っていた。

 

 しかし、そんな希望的観測は、〇〇年代に突入すると同時に、見事に打ち砕かれてしまった。車の後部座席にだけじゃなく、まるで自分たち一人一人にまで黒く半透明なスモークが貼られてしまったかのような息苦しさが、やがて日本全体をゆっくりと覆っていった。

 

 ある専門家の分析によれば、日本の資本主義は一九七〇年代の時点ですでに臨界点に達していて、その事実を覆い隠すために、結果としてあのようなバブルという狂騒が引き起こされたのだという。結局のところ、バブルなんて泡沫の時代がやってくるもっとずっと前に、この国は人知れず大きな何かを失っていたらしい。

 

 誰かに奪われたのか、そうじゃなく、みずから捨て去ったのか──今となっては、もう誰にも分からなかった。

 

 

 イラククウェート侵攻以来値下がりを続けていた東京株式市場は、今日も全面安の展開となり、主要銘柄の平均株価は一時二万円の大台を割りました。今日の東京株式市場はイラクフセイン大統領が和平交渉への柔軟姿勢を示したことなどから、先週の値下がりに対し、小幅の反発で始まりました。しかし買いが一巡したあとは個人投資家保有株の見切り売りや、事業法人の整理売りなどが続き、株価はじりじりと値を下げ、午後一時一〇分過ぎには二万円の大台を割りました。これは三年七ヶ月ぶりのことです。その後買いが入ったため、終値は二万二百二十一円八十六銭とかろうじて二万円台を保っています。平均株価は去年の十二月二十九日に三万八千九百十五円の史上最高値をつけましたが、それからわずか九ヶ月でほぼ半値に下落したことになります。経営危機が問題となっている大手証券会社の山一證券は自主再建をあきらめ、廃業を申請する方針で最終的な協議に入りました。これに対して大蔵省は、山一證券から新たに二千億円もの損失が発覚したとして、業務停止命令を含め対応を検討しています。大蔵省前から中継でお伝えします。はいお伝えします。えー、山一證券の経営危機問題が、えー、一気に表面化した今日、大蔵省では、あー、午前十時から長野證券局長が記者会見をしました。まずその内容からお聞きください。債務超過の状態ではない、すなわち、顧客取引先に損失を生ずる事態ではないと認識しております。最終的な結論の報告は、まだ受けておりません。早急に考え方を取りまとめるよう指示しているところであります。えーこのように今のところ問題はないとしているんですが、あー、同時に長野局長は山一證券から新たに二千億円もの損失が発生したことを明らかにしました。大蔵省では、えー、山一證券に稽査をおこないまして、えー債務がどれほど膨らんでいるのかを、えー調査しています。えー山一證券では自主的に廃業する方向で、えー役員が検討を続けていますが、さらに損失が膨らめば大蔵省は、あー山一證券に対し業務停止命令を出すことも考えていまして、山一證券経営破綻に向けて重大な局面をむかえています。

 

 つづく